■2  聖王再誕

しかし、ここで予想外の事態が起きた。
『そんな、これは…』
なのはは驚きの表情を隠せなかった。
本来ならば、このまま順調にヴィヴィオも自分と同じご主人様のシモベとなるはず。
しかし、ヴィヴィオの瞳には輝きが失われていないのだ。
「…ママ、きっと悪い奴に操られているんだね?
 今度は私の番、私がママを助けるんだ!!」
『クッ!!』
なのはは魔力を上昇させ更に瘴気を送り込む。
しかし、その力は全てヴィヴィオの光に変わっていくような錯覚を覚えた。
そんなはずはない、ご主人様が間違うはずがない。
この魔法は古代ベルカの対聖王用の秘術を昇華させた物だ。
確実にヴィヴィオの心と体を書き換える物であったはず。
それなのに、どうして…?

「分からないの?なのはママ…
 ママが私に教えてくれたことだよ?」


そういうとヴィヴィオは魔力結界をプラズマアームで砕き床に降り立つ。
七色のオーラが展開し、その清らかな体を純白のバリアジャケットが包みこんだ。
バリアジャケットの意匠は本来のなのはの物と瓜二つ。
堂々たる姿、その様は正に聖王であった。

「絶対に諦めない勇気。今度は立場が逆になっちゃったけど…
 必ず、必ず助けるからね…」


でも、ここでは戦えない。ここは民家が密集している場所でもある。
二人が戦えば、一般人にも多大な被害が及ぶだろう。それに…
ここはヴィヴィオとなのはの大切なお家であり、帰る場所なのだ。
この場所を壊したくない…だから戦う場所を移す必要がある。

ヴィヴィオはなのはを見つめながら素早くバックステップすると
屋外へと誘うようにダッシュする。
ママを正気に戻して二人でこの家に『ただいま』と言うのだ。
必ず、必ず帰ってくるよ…そう誓った。




『ヴィヴィオォ、鬼ごっこはもうおしまいかなぁ?』

自宅からしばらく離れた人気の無い防波堤へと場所を移した。
ここなら被害が及ぶ事は無いだろう。
いや、今のママならスターライトブレイカーを町へ向かって撃ちかねない。
自然にヴィヴィオは海を背に向けてなのはと対峙する。

「おまたせ、ママ…はじめよう」

その一言を合図に聖王の鎧を展開する。
本来は防御用の高位魔法だがヴィヴィオは攻撃にも転用できる。
一瞬の間をおいて…見つめる視線の先にある最愛の人の姿を確認する。

「(悪い夢を見ているのかな…
  だって、ママが悪い人になるなんて絶対にありえないよ…
  でも…、でも!これは現実なんだ!!
  今、ヴィヴィオがしっかりしなきゃいけないんだ!!)」



意を決する。
迷ってる場合ではないのだ。
「ママ・・・痛かったら、ごめんね」
一瞬の構え。
そこから高速突進で一直線に突撃する!!
原型はフェイトのソニックムーブをラーニングしアレンジしたもの。
常人には視認すら出来ないスピードだ。
狙うはママを包む黒いボンデージ状のバリアジャケット。
あの忌まわしいバリアジャケット破り捨て、元の優しいなのはママに…

『ヴィヴィオ!確かめてあげる。
 良い一撃を放ってみなさい!!』


なのはも魔力を全開で展開する。
薄いピンク色を放つ魔力粒子が空間を制圧するように張り詰められる。

ヴィヴィオは想いが届くように魔力に気持ちを込めて、次々と一撃を繰り出す。
どの魔法もなのはとフェイトが使っていた魔法ばかり。
戦略的に攻めるのならば本来の使い手であるなのはに対し、
同じ内容の魔法を使うのは効果が薄いだろう。
でも、この魔法でなければならなかった。

ヴィヴィオにとってなのはママとフェイトママは掛け替えの無い大切な存在だ。
その二人から受け取った沢山の思い出と優しさ。
それを伝える為には…
二人から受け取った魔法でなければならなかったのだ。


しかし…その攻撃は厚い魔力の壁に阻まれて届かない。それはまるで…
今の操られたなのはの心が深い海の底に沈んでしまい、
ヴィヴィオの小さな手がまるで届かない事を象徴しているかのようだった。



このままでは埒が明かない。
それなら、全身全霊の一撃を打ち込むしか手は無い。
そう、今放てる私の最大の一撃を!!

「お願いなのはママ!元の優しいママに戻って!!」

全開まで魔力を上昇させる。
足元に展開した魔法陣が眩い光を放ち、その中で一撃必倒の構えを取る。


空気がピンと張り詰める。
一瞬の静寂。

その静寂を引き裂いて…
今のヴィヴィオが放てる最高の一撃を打ち込む!!


『エクセリオンッッッバスタァァァァァァァア!!!!!!』


七色の閃光を放ち、神速を超えるスピードで、この壁を打ち砕いて!!
なのはママに私の想い……届け!届け!!届け!!!届けぇぇぇぇぇ!!!!

しかし……更に魔力を跳ね上げて突撃しようとした瞬間。
ヴィヴィオの全身全霊の一撃はなのはの数メートル手前で急激に失速する。
そして、それは直接的に拳を受け止められる形で阻まれた。

「そんな…」

『30点。そんな直進的な突撃じゃ対策を立てるのは簡単だよ』

まるで教導を行っているかのようななのはの口ぶり。
しかし、その言葉とは裏腹に虚ろで輝きの無い瞳がヴィヴィオを見つめていた。
その瞳に邪な光が宿ると、紫のルージュに彩られた唇をニヤリと吊り上げ
受け止めたままのヴィヴィオの拳もろとも掴み、力任せに投げつけた!!


海面に激突する寸でのところで、魔力をブーストさせ激突を避ける。
しかし体勢の立て直しに気を取られたヴィヴィオに
追い討ちのようにブラスタービッドが襲い掛かる!
素早く身をよじり砲撃を避けながら、ビットを拳で打ち返すが…
「!!」

更になのはの追い討ち!
お返しと言わんばかりに同じ魔法エクセリオンバスターACSが炸裂!
溢れんばかりの破壊力がヴィヴィオに打ち込まれる!!
その一撃は爆音を立てて海面もろとも強大な爆発を起こし、
数十メートルの波しぶきを立てた。
容赦の無い連帯攻撃、今のなのはにとって教導は『ごっこ』にすぎないのだ。


『さすがに…硬いか…』

エクセリオンバスターの余波で巻き上がった水しぶきが収まると
そこにはボロボロになったヴィヴィオの姿があった。
辛うじて魔力で浮遊しているが…
バリアジャケットは所々破れ、肩からは血が流れていた。
そしてその瞳には沢山の涙が溢れていた。


「…ママ…なのはママ!!お願い、元に…元に戻ってよぉぉぉぉ!!!」


叫ぶしかなかった。
どんな想っても、どんなに一生懸命がんばっても大切な人に届かない想い。
今のヴィヴィオは体が大きくなっても中身は小さな女の子のまま。
その姿はまるで、泣きじゃくる幼子そのままだった。



自分は駄目な子だ…と思う。
聖王のゆりかごでもきっと、なのはママは泣き出したかったんだと思う。
でも、私を抱き止めるまでママは泣かなかった。
それなのに私は…
私は強くなんてなれなかった。
ごめんね、ママ…


「ごめんね…ヴィヴィオ…」
「え…?」
「寂しい想い…させちゃったね…」
「ママ…」



なのはがバリアジャケットを解除する。
その姿はヴィヴィオの大好きな教導隊の制服姿に戻っていた。
そして、優しい表情で手を広げた。
「もう寂しい思いはさせないから。約束するよ、ヴィヴィオ…」
「…ママ。なのはママァァ!!!」


ヴィヴィオは堪らずなのはの胸の中に飛び込んだ。
ママだ!なのはママが戻ってきてくれた!!
優しくて甘いにおい、ヴィヴィオの一番大好きなにおい…
もう離れたくない、ずっと、ずっと一緒に…






『残念。0点』


「えっ…?」




その瞬間、ピンクの魔砲が零距離から打ち込まれ
母を慕う健気な少女の体を貫いた。



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