■1 堕ちた母の寵愛

ミッドチルダを震撼させたJ・S事件から何ヶ月と何日後…
「はぁ…」
高町ヴィヴィオは大きく溜息をついた。


もう何日も経っているのに…なのはママが全く家に帰ってこないのだ。
挙句の果てに機動六課のオフィスはこの前から立ち入り禁止になっている。
会いたくても母親に会いに行く事もできない。
そんな事が何日か続いてしまい、ヴィヴィオは精神的に参ってしまっていた。


『ただいまぁ!!』
元気いっぱいに家の扉を空けるけど…
期待した
『おかえりぃ』は返ってこなかった。
やっぱり…なのはママ、まだ帰ってない。
切ない表情でヴィヴィオは靴を綺麗にそろえると直接リビングに向かった。
冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しコップに注ぐとストローで飲み始める。
チュゥーーーズズッ…
誰もいない部屋にオレンジジュースを飲み干す音だけが響く。
そのまま一頻り飲み干すと、フラフラとソファーに倒れこんだ。
少女の小さな体に可哀相なくらい憔悴の色が溢れているのが見て取れた。
口に広がる甘酢っぱいオレンジの味は切なくて…
その大きな瞳からいっぱいの涙が溢れそうになる。


寂しい。


けれどヴィヴィオは泣かなかった。
こぼれ落ちないないように両手で必死に涙をぬぐう。
あの時母親の手を借りずに立てたのだから、泣かない事だってできる…そう思ったのだ。

だが、そんな彼女でも睡魔には勝てない。それは生命の宿命の一つだ。
次第に意識は気だるい睡魔に犯されていく。

そのまま柔らかいソファの上で少女はいつの間にか眠りに落ちていった。




月が闇を照らす夜。
何かが頬に触れるような感覚を覚えてヴィヴィオは目を開けた。
目の前には寝室の天井が映っている。
だが、眠りから覚めたというのに腕が動かない。
ましてや足も動けない。
その時ヴィヴィオは異変を本能的に感じ取った。
今彼女はピンク色の魔方陣が敷かれているベッドに縛られ、
『寝かされ』ていたのだ。
「え!?」
ヴィヴィオは驚き目を見開いた。
体を動かすが、両腕両脚をバインドされていて動かない。
しかも服は何も着ておらず、生まれたままの姿。


なのはママなら破れそうな軽いバインド。
でも小さな女の子である今のヴィヴィオでは絶対に破る事はできない。
絶望的な状況である。その時…
『ただいまぁ、ヴィヴィオ』
ドアの向こうから聞こえる女性の声。
ヴィヴィオはその声の主を知っている。
「たすけてママ! うでとあしが縛られて動けないの!」
ヴィヴィオは必死に叫んだ。
ドアがキィィ……っと開く。
こんな状況のせいだろうか、嫌にドアを開く音が不気味に聞こえた。
でもママが帰ってきた、ママならきっと助けてくれる!


部屋の照明が落とされているので中に入ってきたママの姿が良く見えない。
「ママ…!!」
すがる様な瞳で部屋の暗がりから近づいてくる影に助けを求める。
その時、空いた窓から生暖かい風が吹き込み…
カーテンがゆっくりとめくれ上がって月明かりが部屋の中に差し込んだ。

「ママ…!?」

月明かりに照らし出されたなのはの姿。
だが、彼女の姿はヴィヴィオがいつも見ていたものとは一切違っていた。
体を露出しすぎている紐水着のような衣、
黒く艶光するボンデージ状のバリアジャケット、
露出した肌には赤色の魔力ラインが走り、腹部にはベルカ式魔方陣。
それが今のなのはの姿であった。 
もはや以前と同じ部分は長い髪を二つに分けた髪くらいしかない。

「なの…は……ママ?…」
戸惑いを隠せないヴィヴィオをチラッと見下ろし、なのははクスリと笑う。
『ヴィヴィオ、どうかな? ご主人様のプレゼントは』
「な…何言ってるのママ!?」
母の口から放たれた言葉が更に少女を混乱させる。
本当にこの人は『なのはママ』なのか? そんな疑惑が彼女の心の奥底で蠢く。
なのははヴィヴィオの問いかけにも答えずに語り続ける。
『でもね、これはほんの一部。本当のプレゼントはこれからなんだよ』
妖しく微笑みながら舌なめずりするなのは。
そんなママを見るたびにヴィヴィオの中の疑惑は膨らんでいく。

(悪魔……)

ヴィヴィオは『あの時』の言葉を思い出した。
それはヴィヴィオが『ゆりかご』の中で聖王として覚醒する前、
ナンバーズの一人クアットロが彼女に言った言葉。
『本物のママをさらった怖い悪魔』
あの言葉はヴィヴィオとなのはを戦わせるための真っ赤な嘘であったのだが、
ヴィヴィオの目の前にいる人物は正に悪魔のようであった。

『怖がらなくていいんだよ?』
なのはは優しくヴィヴィオの額を「いいこいいこ」するように撫でる。
だが、ヴィヴィオはそれを怖がった。
恐怖で体が動かない。
そのままなのはの手がヴィヴィオの頭に触れた。
『こんなに怖がって… ママがそんなに怖い?』
なのはは母親の優しい顔を見せる。
だが、ヴィヴィオはそれすら嫌がるように泣き出す。
まるで始めての出会いと良く似ていた。 
…ここにいる互いの『なにか』を除けば。

『泣いていいよ…ヴィヴィオの涙は全部消してあげる』
「う…」
『ご主人様から与えられた…この力で』

なのはは笑顔で魔法を発動させた。
それは『ご主人様』から与えられた一回きりの魔法である。
その魔法によってヴィヴィオは歪な覚醒を迎える事になるのだ。

「あ…あああっ!」
ヴィヴィオの体が熱くなり、体中が暗い虹色の光に包まれていく。
その光の中で幼き少女の体は急激な成長を遂げる。
背と手足が急速に伸びて、平たいプニプニとした胸は豊かに膨らみ、
ヒップと太ももは男性を誘惑するような魅惑的な物に変わっていく。


体の成長が終わると暗い虹色の光はシャボン玉のように弾ける。
光による成長を終えたヴィヴィオの姿は聖王の時と同じ豊かで美しき体であった。
閉じていた瞳が静かに開いていく…



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