4 傀儡 「くぐつ」

上昇するはやてを追いかけるように
フェイトも黄金色の魔力残滓を残しながら素早く上昇する。
そして、振り返り防御の体制を整える捕獲対象に
怪しく微笑みながら再び攻撃を加える。

敵になって初めて分かる親友の斬撃の鋭さ。いや、これは…
フェイトがフェイトたる所以。
それは心の脆さからくる甘さ(転ずれば優しさ)だとはやては認識していた。

だが、今目の前にいる『ソレ』に甘さは微塵も存在しない。
心を絡め取られた操り人形から繰り出される攻撃、
それは全て『凶刃』と呼ぶに相応しい。

気を抜けば持って行かれる。
そんな張り詰めた糸のような攻防が繰り返されていく。

『フフッ流石だね、はやて。私達の攻撃をここまで耐えるなんて』
「お褒めにあずかり光栄や、フェイトちゃん。
 でも、出来ればこういうんは模擬戦だけにして欲しいなぁ、
 正直避けるだけでも骨なんよ?」


怪しき傀儡となった親友の攻撃を防御魔法で何とか防ぎながら、はやては答える。
いくつかの攻撃で、なのはの狙撃は一定ラインを超えると狙ってくる事が分かった。
ワザと連続の狙撃を導き出す事で、動ける『バトルフィールド』を認識する。
それによって、彼女はよりフェイトの攻撃のみに集中できる状態になった。
再びバルディッシュが黒翼の端をかすめる。

『はやてはいつもそうだよね。
 本当は凄い力を持っているのに謙遜して隠そうとする。
 …その力を正しく使わなきゃ駄目だよ。
 さぁ、はやてもご主人様のモノに…一緒に行こう?』

「中々魅力的なお誘いやけど断らさせてもらうわ。
 それに、私はこの力…間違った使い方しとると思ってない!!」


そう叫ぶと、はやては逆に接近して、
フェイトの斬撃を杖状のアームドデバイス、シュベルトクロイツで受け流す!

『ンフッ♪いい動き…、やっぱりはやて、本当は近接もイケるんだよね。
 手加減の必要はないかな?』

「謙遜しとる場合やないかならなぁ、本気ださせてもらうよ?
 でも…、私たちの力は、こないな事に使う為のモノやない!
 本当はフェイトちゃんも分かってるんやろ?思いだすんや!」
『はやてこそ、すぐにその考えを改める事になるよ…
 だってはやてが…これから私達の…クスクス…』

「!?」


不気味な笑みを浮かべるフェイトにうそ寒いものを感じた。
このまま、ペースに飲まれるのはまずい。

「何や企んでるみたいやけど…それよりそのカッコどうしたん?
 羞恥プレイか何かか?」
『これはご主人様より頂いた忠誠の証。
 このバリアジャケットに身を包んでいるだけで……』


そう言うと攻撃の手を緩めるフェイト。
全裸にも近いボンデージのようなコスチュームに身を包み
我が身を愛おしそうに抱きしめる。

『あぁぁん…いいのぉ…』

劣情が抑えきれないと言わんばかりに熱い吐息を漏らし、唇を塗らしている。
そんな今の彼女に、はやては思わず苦笑してしまった。
普段はちょっとしたセクハラ
(はやて自身はそう思っていないが)でも
顔を真っ赤にして恥ずかしがる可愛らしい親友の事を思い出す。

今の彼女はどれだけ羞恥心を奪われてしまっているのか…
もし、今の姿を正気に戻った時に見せたら…
……不謹慎にも笑いがこみ上げてしまった。
おそらく一生ゆすれるレベルだろう
(もちろん、そこまで意地悪するつもりはない、おそらく)

「……あはは、フェイトちゃん。今のしっかりRECしたで?
 正気に戻ったら、この映像を見ていっぱい恥ずかしがってもらうんよ!!」
『フフッ、大丈夫だよ、はやて。ご主人様のシモベたる今の姿こそが本当の私。
 逆にはやてこそ、私達と同じ様になるんだよ?』


深淵を思わせる曇ったワインレッドの瞳が怪しくはやてを見つめてくる。
空気が再び張り詰めた。

「……本当に堕ちてしまったんやな…
 堪忍な?フェイトちゃん、あん時私が調査の依頼をせんかったら
 こないな事には……、必ず…、必ず助けるよ」
『優しいはやて…フフッ、必ずご主人様のモノに…
 そして、真なる聖戦の幕開けを…』





その頃、リインは下で待機しつつ、索敵に集中していた。
はやては自分が囮になると言ってくれたが、
主を危険にさらす訳にはいかない。
早急になのは達を操っている人形師を見つけて、
この状況を打開しなければならなかった。

彼女は約束したのだ、初代リインフォースと。
自らの身を犠牲にする事で、はやてを守った先代の温かな優しさ。
残された家族達、何よりも後継たる自分への彼女の強い想いと願い。
その心に触れて、絶対にはやてを守ると強く誓った…

「だから、がんばらないといけないのです!」

絶対にはやてちゃんを守るのだ!そう小さな胸の中の決意を再確認する。
と、その時ふいに後方から接近する魔力反応に気づいた。
ピンク色の光源を放つそれをみて…

「…ッ!?サーチャー!なのはさんに見つかった!?」

その瞬間、空間転移を経てブラスタービットが出現、
鋭い狙撃が連続で放たれる!
アトランダムにオールレンジから繰り出されるソレを
何とか辛うじて全弾回避に成功したが…
リインはどこかで見ているであろう彼女へと思わず叫ぶ。

「なのはさん、正気に戻ってください!!
 こんなの…、なのはさんらしくないですぅ!!」
『(リイン、大人しく捕まってくれないかなぁ?
  一応、これでも二人を傷つけないように手加減してるんだよ?)』

「なんでこんな事する必要があるですか?リインには分からないですぅ!」
『(…ご主人様がそう望んでるから。そしてこれは…
  はやてちゃんの為でもあるんだよ)』

「訳が分からないですぅ、こんな事がはやてちゃんの為になるなんて…」
『(アハハッ、今ならリインの気持ちが分かるなぁ。
  ご主人様の為に働ける喜び…、自分の全てを捧げ支配される…
  こんなに…んん……気持ち…いいなんてぇ…)』


念話の向こう、なのはの声が艶っぽく濡れた声になる。
その声は明らかに性的な興奮で上ずっている。
身も心も支配される感覚に…
忘我の悦楽に心を支配されているのだ。
リインは精神的にまだまだ子供でも、
それが女の悦びを示す声音だと何となく理解できた。

それだけに辛かった。

「なのは…さん…、違うですよぉ…、私達は確かに主の為に全力を尽くします。
 でも、それは支配されてるからじゃない、お互いを信頼してるからですぅ!
 それを教えてくれたのは、他ならぬなのはさんじゃないですか!?
 正気に、正気に戻ってくださいぃ!!」


リインは泣きながらなのはに訴えった。
何よりこの状況、少女の無垢な心にとって、あまりに残酷と言える。
自分にとって、もう一人の母親のような存在でもあるなのは。
そんな大切な人を…まるで見知らぬ男に目の前で犯されるような感覚、
今のリインが感じている心の軋みはそれに限りなく似ていた。

『(フフッ…、リイン。私は正気だよ?
  むしろ、今までの私が正気じゃなかったの。
  私達はいつの間にか間違った道を歩んでたんだよ?
  だから、正しい道に戻らなければいけないの)』

「間違った…そんな…?」


返ってきた返答に呆然自失となる。
機動六課での日々。
それは決して笑顔だけで語れるような日々ではなくとも、大切な時間であったはず。
それを否定するような事を…他ならぬなのはさんがそんな事を言うなんて…

「(違う…、今話してる相手は…私の知ってるなのはさんじゃない…)」

リインは動きを思わず止めてしまった、もう心が限界だったのだ。
再びブラスタービットからの攻撃が開始される。

「(もう、避けれない…はやてちゃん…ごめんです…)」

ピンク色の凶弾が正確に無垢なる標的を捕らえ貫くその一瞬。


「馬鹿やろう!!何、ボゥッとしてやがる!!!」


その瞬間、リインは何者かによって素早く下へと引っ張られた。
赤く燃える髪、そして自分と同じサイズの体。
その救援に普段は喧嘩友達である家族の姿を確認する。

「えっ…、アギト…?」
「とにかくここを離脱するぞ、全力で飛べ!いいな!?」
「あっ…」


リインは引っ張られながら、手を引いてくれるアギトの苦しそうな表情に驚いた。

「アギト!怪我してるですか!?」
「このくらい…クッ…大した怪我じゃねぇよ!
 それより、お前の事…本当に信用していいんだよな?」
「どういう事ですか?私は操られてないですよ?」
「本当だな?本当の本当に信用していいんだな!?」


空中でアギトは振り返って、リインの顔を見つめた。
操られたなのはの言動に心を痛め…
大きな目にいっぱいの涙を溜めているリインを見て、アギトは少し表情を緩めた。

「このマヌケ面は紛れも無く正気だな。信用するよ、お前の事…」
「ムゥ〜〜、マヌケ面は酷いですぅ!!
 それより、シグナムやヴィータちゃん、
 それにフォワードの4人はどうしたですか!?」

「そっちこそ、単独で何やってるんだよ!?」
「それは…はやてちゃんが作戦だからって…」
「!?今、あの人を一人にするのはマズイ!
 いいか、ここではもう誰も信用できない状態なんだよ!
 早急に機動六課以外の人間に応援を頼まなきゃ…」
「どういうことですか??」
「六課はもう駄目だ…誰が味方で誰が敵か、もう分かんねぇんだよ!!」
「もしかして…なのはさんやフェイトさんだけじゃぁ…」
「そのまさかだ、おそらく殆どの奴が…それに…この怪我は…」

「火傷と斬撃の跡……!?嘘、これは…!!
 はやてちゃんが危ないですぅ!!!」


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