3 交戦 「こうせん」

廃施設にたどり着いたはやてとリインは異様な光景に息を呑んだ。
静か過ぎる。あまりにも静か過ぎるのだ。

「これはいったい?」
「変ですぅ。まるで初めから戦闘が行われていなかったような感じですよ?」

「うん、これは明らかに異常な状態や…」


地上へと降り立ち、警戒しながら施設へと接近してみる。
確かに残存する魔力は感じ取れる。
だが魔力の粒子は六課メンバーのものしか感じ取れない。
彼女らはいったい何と戦っていたのだろうか?
得体の知れない不気味さだけが…、そこには残されていた。

と、次の瞬間。その沈黙が破られた!
魔力反応。
それもSSSクラスの魔力反応を有するロングレンジからの狙撃だ。

「リイン!!」
「はいです!!」

二人は初弾を紙一重で回避すると素早くユニゾンを終える。
高出力の魔力砲狙撃を正面で受け止めるにはあまりに危険だ。
ユニゾンをする事で回避精度を上げておくに越した事はない。

「!!」

次の瞬間、ユラリと空間が揺らめく。

『これは…反応数…2…4…8…16、32、64…128、256!?
 避けてください!全反応から高出力砲撃がくるですぅ!!』

「な!なんちゅう無茶苦茶な!!ハウリング何たらの再現か!?」
『はやてちゃん!!くるですぅぅぅ!!』
「くっ!!」


次の瞬間、数百の連続魔力狙撃が打ち込まれる!
はやてはリインとのユニゾンによって回避精度が向上していたが、
それでも避けきるには運の要素が絡む数だった。
スピード上昇により急速転換、緩急をつけた細やかな動作で
狙撃を紙一重に交していく。
思考を挟む余地などない、避けて避けて避けまくる!
それは時間にして数10秒程度の攻撃だったが、
二人には無限の時間のように感じられた。

『…ぶ、無事ですか?はやてちゃん…』
「…何とかな…でも、洒落にならん攻撃やったわ…」


狙撃の残滓が淡いピンク色の魔法光を放ち、
震える空気がその衝撃波の凄まじさを物語っていた。
この魔法光であれだけの魔力狙撃が行えるのは、
はやてが知りうる限り一人しかいない。
そう、エース・オブ・エースと呼ばれる、
彼女にとって最も信頼を寄せる親友の一人。

「この魔力は…なのはちゃん?」
『そんな…でもこれは確かになのはさんのモノですぅ、
 どうして??一体何がおきてるですか!?』

「リイン、私にも分からんけど、一つだけ言える事がある」
『??』
「向こうは本気で撃ってきとる。気ぃ抜いたら、確実に落とされるよ!!」
『はいです!リインもがんばるです!!』

何故、なのはが狙撃してくるのか?
考えられる事といえば幻術か何かで、敵を誤認している可能性だ。
しかし、なのは程の魔導士ならば幻術に対する耐性や解除方法も知っているはず。
その可能性は限りなく低いと思えた。ならば何故??
それに先程の連続魔力狙撃は尋常の沙汰では無かった。
一言で言えば『禍々しい』、そのような畏怖を感じさせられる。
なのはの身に一体何があったのか…、そこから先の想像は憚られるような気がした。

『はやてちゃん!!』
「!?」


次の瞬間、強烈な斬撃が上方から浴びせられる。
リインが素早く防御魔法でフォローしてくれなかったら真っ二つにされていた。
残存するのは金色の光を放つ魔力粒子。
視認が難しい程のスピードであるが、
その一撃を放ったのが誰であるのかは一目瞭然だった。

「フェイトちゃん…か。なるほど、二人を敵に回すんは流石にきついなぁ」
『そんな…フェイトさんまで?…ッ!下方から再び魔力反応!』
「分かっとる!!」


なのはからの狙撃を回避しながら、
高速で斬りかかってくるフェイトの攻撃を受け止める。
このままでは一撃を受けてしまうのは時間の問題だ。

「なのはちゃん!フェイトちゃん!!これは一体なんのマネや!!
 幾らなんでもこれ以上続けるんなら…!?」


その時、はやてはその異様な状況に驚いた。
リインも真っ赤になって顔を手で覆っている。
目の前で動きを止めたフェイト。
その姿があまりにも破廉恥な物だったからだ。

『はうぅぅ〜〜、何なんですか?フェイトさん、エッチですぅ!』
「…新手のソニックフォームか?
 軽量しすぎて途中でクラッシュするミニ四駆みたいや」


しかし、事態は笑い話では済まされない。
露出の多いボンデージ風装飾と最低限の部分すら隠し切れていない
スリングショット水着のようなバリアジャケット。
その表情には邪悪な笑みが張り付いている。

はやてが知っているフェイトなら、あのような表情を浮かべるはずが無い。
今の彼女が誰かに操られているのは確実だった。
そのフェイトの体に一瞬、赤色の魔力のラインが走る。
それは二人にとっても見覚えがあるものだった。

「あれは…あれじゃぁまるで…」
『はいです…まるで夜天の書の暴走プログラムみたい…
 それに、お腹の魔法陣はベルカ式ですぅ!!』

「…そうか、カラクリが読めた。
 あの事件、防衛長官やったあの男を逮捕した時点で
 解決したと思てたけど……、まだ続いてるんやね」
『はやてちゃん……、敵はもしかして…』
「そうや、リイン。身から出たサビ、それが今回の相手のようや」


はやては思考を集中する。
この難局をいかに乗り切るか…
彼女にはこの10年で培ってきた経験と軍師としての才覚がある。
ただ、強大な魔力を有するだけの昔とは違う『知を武器として扱う力』。
それが八神はやてという少女をささやかな幸せを願う家族思いの優しい少女から
仲間達を統率しえる一軍の将へとのし上げたのだ。

…思考する。この状況の分析をする……

状況、目前の敵の行動パターン、自分と他者との戦力分析…
まず、なのは、フェイトの現在の戦型は共にオールラウンダーだが、
事実上得意とする間合いがある。

なのはが長射程、フェイトは近接である。
ならばその中間距離をキープすれば、比較的攻撃の濃度を減らせるだろう。
それは何とか現状維持する事が出来ている。

本来、直接戦闘を得意としないはやてが、辛うじて回避に成功しているのは
二人が10年来の親友であり、その得意とする動きを横で見てきたから、
というのもある。しかし…

「(二人が違った意味で本気やないのは間違いないなぁ、
  ……ワザとか…?なるほど…、それなら目的は……)」


次に自己の分析。
はやての戦型は広域攻撃型である。
本来ならば、全ての攻撃射程範囲から外れた、外部からの掃討を得意とし、
その状況を作り出す為に、ヴォルケンリッターが存在しているのだが…
現状、彼女らの支援を考えるのは不可能に近い。
また、今回の目的はなのは、フェイトの撃墜ではない。
威力の加減が難しい広域魔法では、最悪致命傷を負わせてしまう危険性もある。

「(支援は無し、広域も不可能…、八方手詰まりやな。
  まだや、何か方法があるはず…。……支援?その手があった!)


作戦は…決まった!

「リイン、ユニゾンを解くよ」
『!?何を言ってるですか!?この状況でユニゾンを解いたら命取りですぅ!』
「気づかへんかった?今のなのはちゃん達の攻撃には一定のパターンがある」
『一定のパターンですか?』
「正気の二人なら絶対に取らないパターンや。
 まるで二人が一つのデバイスのように…画一的かつ機械的に連帯を組んどるんよ。
 そして、ワザと避けさせながら一定の方向に追い込もうとしとる…
 つまり向こうさんの目的は…」
『…はやてちゃんの捕獲?』
「ご名答や!つまり、二人は私を殺す目的では動いてない。
 それなら、こちらも時間を稼ぐ手段はいくらでもある」


再び攻撃を開始するフェイトの一撃を受け流す。

『はやてちゃん!?』
「ッ!…大丈夫や、防御に専念すればリインのフォロー無しでも防ぎきれる。
 私が囮になるから、リインは二人を操っとるヤッコさんの索敵に集中、
 機会を窺うんや」
『でも…』
「ええか?二人を操るのにかなりの魔力が必要なはず。
 つまりヤッコさん本人は動かずに、二人を操る事に集中しとる可能性が高い。
 このタイプの作戦を使う奴は人形師いうてな、
 操り糸に集中せなあかん分本人は無防備や。
 せやから、簡単には尻尾出さへんよ。
 それ故こちら側が劣勢であると思わせる必要がある」
『ワザと追い込まれてるふりをするですか?』
「心理的に油断を生じさせ、かつこちらが守りきれば…
 ヤッコさんそのうち焦れてくる。
 そして二人のどちらかを真ソニックや
 ブラスターを展開させて押し切ろうとするはずや」
『本気モードの開放、でもそれって…』
「危険な賭けやね、最悪押し切られる可能性もある。
 でも二人の力をそこまで展開させるには、操る方も魔力をかなり上げなぁあかん。
 そこが転回点、チャンスなんよ。 
 索敵に秀でたリインがそこで人形師を捕捉し、
 氷雪系の一撃を決めてくれれば逆転や!」
『でも敵はなのはさん達まで操っちゃうような奴ですよ?
 もし、失敗してはやてちゃんまで捕まって操られたら…』

「大丈夫や、リイン。私は絶対に変わらへん」


はやては優しく笑いながら、不安がる小さな愛すべき家族をなだめる。

「それにリインなら出来る!信じとるよ」
『…はいですぅ、がんばるですぅ!』
「お願いな…では散開や!!」


二人はユニゾンを解くと、
はやてはフェイトを誘うように魔力を全開にして上方向へ、
リインはステルス状態で気づかれないように下方向へと離脱した。


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