2 任務 「にんむ」

その任務は歴戦の勇士が集う機動六課にとって、
簡単に終わるはずのものだった。
クラナガン郊外の廃施設においてガジェットドローン残党の活動を確認、
それらを掃討するというミッションだ。

信じられない事にその残党数はかなりの数に上るらしく、
残存するそれらが一斉に攻撃を行えば、
復興したばかりのクラナガンは再び大きな被害を被る…
それが先行して偵察してきたフェイト達からの報告だった。

ナンバーズクラスの敵の存在は確認出来なかったものの、数があまりに多すぎる。
そこで六課が総力を上げて掃討する事になったのだ。


出撃前に作戦内容が説明される。
ロングアーチが状況確認を行い、全体の戦況を各分隊へとリアルタイムで伝達。
それを基にライトニング分隊が先行して前衛を切り開き、
打ち漏らしがあればスターズ分隊が確実に撃破。
基礎的かつ磐石な態勢を整えた王道戦略だ。

ゆりかごでの戦闘では各個単体行動になってしまった為、
多くの負傷者を出してしまった。

それゆえ、あの時の教訓を生かしての布陣だ。
どんな作戦においても絶対に大丈夫という事はない。
しかし、はやてにとってこれ以上無いと自負できる安定した作戦のはずだった。
ところが…

「そんなはずあらへん…」

作戦の実行に移ってから約10分。
ライトニング、スターズ、共に急に交信が途絶えたのだ。

「おかしいですぅ、皆の反応が突然無くなったです!!」

慌てて状況を確認するリインだったが、はやての様子を見て驚く。
彼女が顔を真っ青にして呆然としていたからだ。

「そ、そんな…嘘や…シグナム!ヴィータ?…二人の反応が…」


「二人の反応が完全に…消えてしもうた…」



背中に嫌な汗が伝い、はやての脳裏にあの時の事が思い出される。
10年前のクリスマス。
なのはとフェイトの偽者によって目の前でシグナム達が消滅させられた
あの痛みを伴う悲しい記憶を…

夜天の主と守護騎士は様々な要素において繋がっている。
精神状態、体調等々は自らの感覚のように情報として読み取れるのだ。
(普段は自主性の尊重を重んじるはやての計らいで遮断している事も多いが)
しかし、今二人の気配を全く感じる事が出来ないのだ。
最悪の事態が発生しているとしか思えなかった。


「通信が入りました!これは…スターズです!高町隊長からの通信です!!」

歓声があがる。一瞬、安堵した空気が流れた。しかし…

『…応援…を……要請……敵……多数……広域魔法…の使用…可能な………』
「!?通信が途切れました!通信および念話自体が妨害されているようです」

「広域魔法……!それなら、はやてちゃん!」
「いや、まだや…私は…皆を信頼しとる。
 …ロングアーチの皆は引き続き索敵を!各分隊へ情報を伝達!」


了解です、そうロングアーチのスタッフ達が返答する。
しかし、リインだけは…
はやての内面の不安を感じ取って心配そうな眼差しで見つめていた。

「はやてちゃん…」

5分…10分…20分。
最後の交信が途絶えてから更に時間が経過した。

「…もう限界ですぅ!」
「……」

と、その時だった。

『はやてぇ、早くきてくれぇ!!このままじゃ、やられちまう!!』
「!!…ヴィータ!?」


その声ははやてとリインだけに届いた。
大切な家族からのSOS信号。はやての心が張り裂けそうになる。しかし…

「!!私は…」

立ち上がり、自らが出撃すると…そう言いたかった。
だが、総指揮官としては、ここで前に出る訳にはいかない。
前線部隊を指揮する者として、いつかこんな日がくる事を
想像していない訳ではなかったが…
現実に目の前で発生すると、ここまでも辛いものなのか…

その時ロングアーチのスタッフ達皆が振り返った。そして…

「行って下さい!前線の皆の力になってあげて下さい!」
「大丈夫ですよ!僕らロングアーチが全力でフォローします!!」

それは温かな激励の声だった。
背中は任せろ、お前は親友達や家族の助けになってやれ!
そう、皆が言ってくれている。

「はやてちゃん!」

リインも瞳に涙を溜めながら、はやてへと声をかける。
この場において誰もはやてが出撃する事をとがめる者はいない。
もう、迷う必要は無い。
はやては皆の思いをかみ締めるように瞳をゆっくりと閉じる。

「(皆…皆、ありがとな…)」

そして、すっと目を見開くと勢いよく立ち上がった。

「出撃します!皆はこの場をお願いな!」
「了解です!!」

部下達の声を聞くや否や、はやては駆け出していた。
如何に彼女が仲間達の下へ駆けつけたいと願っていたのか、
それは今の彼女の姿が如実に物語っている。

以前、自分が前に出る時…それは作戦としては失敗と語った事があった。
故に今の自分は敗北を認めたも同然なのかもしれない。

だが、それでも…彼女は非情に徹し切れなかった。
この目で大切な家族、そして仲間達の安否を確認したいと願ってしまったのだ。
作戦展開の強かさ(したたかさ)から古狸と揶揄される事もある彼女だが
本質は10年前の昔と何も変わっていない。

守護騎士達を家族として大切に想い、親友達を心から信頼する。
少女時代の思い出の写真をそっと大切にデスクにしまい、
激務に疲れた時にその写真を眺めて思い出に耽る…
そんな優しさと弱さを心に秘めている。


もし、彼女が本当に変わってしまっていたのなら。
もし、彼女が生粋の軍人になり、少女時代の温かさを捨ててしまっていたのなら。


この後に起きる悲劇は発生し得なかっただろう。


「いくよ、リイン!!」
「はいですぅ!」


後方の態勢を整え、自らの準備を終えると二人は飛び立ち出撃した。
純白の魔力光の残滓が軌跡となって紅月に濡れる宵闇を切り裂いていく。
それは正に六課を統括する頼もしい総指揮官の姿そのものだった。

だが、しかし…
彼女達は気づいていなかったのだ。
見送る部下達の視線がひどく…邪な光を湛えていた事に…


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