2 捜査「そうさ」

それから更に3日が過ぎた。

防衛長官室の窓から、『彼』はミッドチルダの町並みを眺めていた。
眼下に見えるソレは『彼』の原風景とは異なり、
機械的な町並みが酷く不自然なモノに見えていた。

『繁栄の謳歌か…、フフッ、精々今はそうしているがいい。
 そう遠くない未来、この町並みは恐怖と絶望に塗り替えられるだろう』


しかし、いくら『彼』が強大な魔力を持つといっても、所詮は一人である。
力を過信した暴挙を行い、哀れな結末を迎えるほど、『彼』は愚かではない。
そう、まずは有能な手駒が必要だ。
自分がまだ完全に動けない間、自分の代わりに外堀を固める忠実なる下僕が。


『それには彼女が適役だ。金色の魔力を持つ、優しき閃光』

この数日、機動六課に所属するメンバーの詳しい情報を収集するうちに
『彼』は彼女の生い立ち、そして現状に興味を抱いていた。
見た目の美貌もさることながら、多くの孤児を救う聖母の如き優しさ、
そしてその内に潜む、古傷の如き痛ましい過去を。
彼女のような存在こそ、闇に染め上げた時、魔性の存在として強く輝くだろう。

有能なる執務官にして戦闘力も一流、輝くような美貌に女を匂わせる体躯。
そして何よりも、脆くつけ入り易い心。
管理局執務官フェイト・T・ハラオウン。
『彼』の最初のターゲットは彼女に決まった。


『そのどこまでも心優しく美しい心を、私だけのために存在し、
 私だけに向けられる忠誠へと染め上げる。
 そして、忠実なる闇の徒の思考ルーチンへと変化させてやろう』


その時、『彼』のデスクにある電子端末からアラームがなった。

『出頭命令?フフッ、意外に早いじゃないか。
 では早速、私の右腕となる彼女に相見えるとしよう』






管理局本局にある執務官専用取調室。
そこに『彼』は出頭した。
しかし、仮宿であるこの体はあくまで『防衛長官』。
その扱いが慎重になっていることを『彼』は肌で感じ取っていた。


『(ふむ、やはり小娘の体でない方が動きやすい。
  この考えは間違っていなかったようだな)』


間もなくして、一人の女性執務官が『彼』の前に対面するように座った。
そう、『彼』が第一のターゲットとして目をつけた彼女だ。


「本局執務官フェイト・T・ハラオウンです。
 防衛長官、貴方に令状が出ています」

『拒否権は無いということか。フフッ、君が聞きたい事…
 そうだ、神楽三佐の件についてかな?』

わざと惚けてみせる。
それが彼女を少し怒らせてしまったようだ。
フェイトの鋭い眼光が『彼』を睨みつける。
自分の部下が死んでいる事に何も感じていないの?
そう、彼女の瞳が物語っているかのようだ。


「……率直に訊ねますが、長官は本件について、何かご存知ではないですか?」
『君は私が犯人だと、そう言いたいようだが…
 それは早急すぎではないのかね?私が知っていることは何でも話そう。
 さぁ、取調べを始めたまえ』


フェイトは目の前の男に違和感を感じていた。
悠然とした余裕のある態度は、ともすればカリスマ的にも見える。
そう、彼女が知っている俗物的な人物とは大きくかけ離れた印象なのだ。


「(この人、本当にあの防衛長官なの?まるで別人みたい…
  それに何だろう、得体が知れないというか…
  まるで人間じゃないみたいな…)」

『その前に…私の目を見たまえ、フェイト執務官』
「えっ?」

目の前の『彼』の違和感に気を取られていたフェイトは
思わず…、その目を見てしまった。


「あっ…………」

フェイトの瞳が虚ろになっていく。
目の輝きが失われ、先程までの鋭さが嘘のように
力のない脱力した瞳に変化していく。
その様子を見て、『彼』はニタリと笑い…こう宣言した。


『さぁ、改めて。取調べを始めようか?フェイト執務官』
「……えぇ、では取調べを始めます…」

…………
………
……


その聴取は1時間にも渡り続いた。

「ご協力に感謝します。防衛長官」
『フフッ、君の力になれて何よりだよ。フェイト執務官』
「なお、令状がある以上、また捜査に協力していただく形になるかと思います」
『あぁ…、君には私も全面的に協力しよう。
 何か聞きたいことがあれば、是非私から出向こう』

「(……この人、本当に関係がないの?
  全く尻尾がつかめなかった。でも、必ず捕まえてみせる!)」

『では、私は自室に戻らせてもらうよ。
 こう見えても忙しい身分なのでね…』

「えぇ、では本日はこれで……」


鋭く睨みつけるような視線を背に『彼』は取調室を後にした。
その口元には邪な笑みが浮んでいる。


『楽しい取調べだったよ、フェイト執務官。
 是非、明日もお呼ばれしたいね、フフフッ……』






それから1週間の間、取調べは毎日続いた。
フェイトの『彼』に対する取調べの熱の入れようは、
日に日に増すようになっていった。


そう、それはまるで何かに取り憑かれたかのように。


そして8日目の午後、機動六課隊長室。


「フェイトちゃん…、大丈夫か?
 確かに調べて欲しい言うたのは私やけど……」


はやてはフェイトを心配して話しかけた。
彼女の様子が明らかに疲れているのが見て取れたからだ。
顔が赤く上気し、気だるそうにしている…


「…大丈夫だよ、はやて。
 ちょっと風邪を引いただけだから……」

「そうか?でも風邪は万病の元言うからなぁ。
 少し休んだほうがええよ?」

「…今日で一段落つくから、終わったら休ませてもらうね。
 やっと、証拠を掴んだんだ。これで、夜天の書への嫌疑も晴らせるよ!」

「本当か!?フェイトちゃん、ありがとうな!
 きっと、アインも喜んどるよ!」

「うん!それじゃあ、また後でね、はやて」
「……本当に終わったら休むんよ?約束よ?」
「うん…約束…」

ニコリと微笑みながら肯くと、少しよろめきながら
フェイトは隊長室を後にした。その背中を心配そうに見つめるはやて。


「フェイトちゃん、……無茶しちゃあかんよ?」

……はやてはこの時、フェイトを引き止めるべきだったのだ。
しかし、今の彼女には、この先に起こる事など分かろうはずもない。

運命の歯車が不気味な音を立てて軋み始めた。


■ 次のページへ ■  ■ 戻る ■ ■ INDEX ■