2 仮宿「かりやど」

「忌まわしいことだ!あのような危険な連中が、ミッドチルダを救った英雄だと!?
 私は断じて認めぬ!」


一人の男が高級そうなデスクを叩き、激昂していた。
前防衛長官レジアス・ゲイズの後釜で、現防衛長官となった彼だが
今日は酷く機嫌が悪いようだ。


「第一、女子供で構成された部隊というだけでも気に喰わないが、
 Fの遺産の人もどきに未開惑星の田舎者、危険なイワクつきの闇の書の主……
 どれをとっても、この栄えある時空管理局に相応しくない連中だ!」


吐き捨てるように言い放つ。
事実、時空管理局において彼のような考えを持つ者は少なくない。
それは機動六課がJS事件を解決した今現在でも、さほど変わりなかった。
法の管理人が善良な人格者の集団ではないことなど、
どの次元世界においても変わらない普遍の共通事項である。


「何とか、あの小娘の化けの皮を剥がせないだろうか。
 私は再三進言したのだ、あの過去の忌まわしい事件を忘れたのかと!!
 闇の書、あれだけでも絶対に破壊しておかねばならぬ」


あの小娘とは六課の隊長である八神はやてのことらしい。
彼にとって、はやて、そして夜天の書は特に忌まわしい存在として映っているようだった。

確かに過去、夜天の書が起こした事故は多くの死傷者を出し、
惨劇と呼ぶに相応しい出来事であったが…
全ては10年前の冬、小さな町で起きた奇跡によって解決したはずであった。

しかし、彼が事件の裏にあった悲しい想いなど、
露も理解するつもりがないのは明らかだった。

夜天の書を『闇の書』と呼んでいることからも、
偏見と妄執のみで物事を理解しているのが見てとれる。
部署が違うとはいえ、彼のような男が同じ職場の同僚であるという事実は
機動六課にとっても頭の痛い問題と言えるだろう。






その時、防衛長官室の扉が開く。
部屋の入り口には彼直属の部下である秘書の少女が立っていた。


「あぁ、三佐か。…首尾はどうだ?闇の書の破壊は成功したのか!?」
『………』

神楽のぞみ三佐、彼の秘書をしている少女だ。
彼がのぞみに夜天の書の破壊命令を出したのは昨日のことである。
それは重大な違反行為であったが、彼にとっては絶対の正義であり、
彼女にとっては上司の指示、仕方のないことだった。
それでも彼女はこう食い下がったものだ。


「考えをお改め下さい!機動六課は管理局のみならずミッドチルダを
 救った英雄部隊、そんな方々に手を出したら長官といえど…」

「あの八神とかいう子娘が持つ闇の書は危険な物だ。
 あれだけでも破壊しなければ、かつてのような大事故が起こるかもしれん」

「長官だってご存知でしょう?彼女のデバイスは大事故を起こした物とは
 別の物です。いうなればレプリカ、危険は存在しないはずです」

「…くどいと言っている!君は黙って任務をこなせばいい!」
「長官……」

融通の利かない部下だ。いずれは左遷してやる…
彼はそう思いさえしたものだった。
だが、彼は目を見張った。
よく見知っているはずの彼女がいつもと違って見えたのだ。


彼の知る神楽のぞみという少女は、決して良い女とは言えなかった。
地味で控えめ、うっとおしいとは思っても、女として見たことは一度もない。
だが、目の前に立つ女はどうしたことだろう。
まるで天上の天女のように美しく、
奈落に誘う魔界の女神のように淫らに見えた。


『ウフフフッ……』

彼女は妖しく微笑むと、ゆっくりと見せつけるように歩き、
デスクに腰をかけて、上目遣いで淫靡な眼差しを送る。
はだけた制服からは、はちきれん程の豊かな胸の谷間がのぞき、
破れかけたストッキングの奥の秘所からは、女の匂いが立ち込めていた。
そのままゆっくりと誘うように股を開いていく…


『ねぇ長官〜、のぞみとぉ…、これからイ・イ・コ・ト、しましょ?』

彼は頭が真っ白になるような気分だった。

目の前の女が世界の全てになる。この女さえ抱ければ、後は何でもいい。
先程まで感じていた、怒りも苛立ちも何もかもが霧散し、
ただただ目の前の女に吸い込まれていく。

この女を抱きたい、このおんなをだきたい、コノオンナヲダキタイ……


「うぅぉぉぉぉぉ!!」

気がつくと彼はのぞみを押し倒していた。だが…

『ンフッ、オイタはダメよ?貴方の体、活きがいいわね』
「なにを…いって…?」

瞬間、彼女の目が妖しく光り、その奇妙な輝きが目に入った途端、
彼の体は急に動かなくなった。
そのまま覆い被さっていた彼をトンと蹴ると、無様に床に転がす。
そんな哀れな男の姿を彼女はゆっくりと見下ろした。


『ンフフッ、アハハハハハハ!』

邪悪な笑みがのぞみの顔に張りついている。
途端に気持ちが急に冷め、あんなに魅力的に見えていた目の前の女が、
この世の者とは思えない恐ろしいモノに見えてきた。


「お、お前は一体!?」
『…さぁ、もらうわよ、貴方の体』

近づいてくる。女が近づいてくる。
彼は逃げようと必死にもがこうとするが、無慈悲にも体は動かない。
そして女はゆっくりと彼を抱き寄せると、顔を近づけ…
その艶やかな唇を近づけ、こう囁いた。


『そうそう、安心なさいな?貴方の変わりにワタシが
 憎い機動六課を滅ぼしてあげるわ…』

「!!!!」

その途端、女は口づけを交わした。
体を乗っ取るための死の口づけを。

蕩けるような舌使いに心までも犯されるように。
それと共に何かが、ズルリと入ってくるような気がする。
ズル…ズルゥ…
不思議と不快感はなかった。むしろ、これは……


その途端、急に電源を切るかのように視界が暗転した。
漆黒。
それが人間としての彼が見た最後の光景だった。




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