1 彼 「かれ」

暗く閉ざされた部屋。
ここは管理局上層部の人間だけが出入りできる場所。

そこに『彼』はいた。

蠢く闇をまとい、かつての事件で滅せられたはずの存在が。
其は夜天の書の暗部、残滓よりも色濃い漆黒。
存在は邪悪そのものであり、一切の救いの手が届くことはなく、
人の優しさ、温かさなどに絆されることは絶対にない。

そう、存在そのものが人間とは異質の意思。
それが『彼』だった。

彼の有する力は他者を自分のデバイスとすることで操る能力だ。
万人は彼の魔力によって、いかなる命令にも従う盲目の信徒となる。
ある意味、王の器たる能力と言えるだろう。

だが、『彼』にはある一点。
存在において重要な部分が欠落していた。


それは名前がない、ということである。


あまねくモノの集合体である、その存在には名前のつけようがないのだ。
故に、その存在は『彼』と称するしかなかった。
そして、現世に存在する今の『彼』は仮初の器を有しているに過ぎない。

『彼』には必要なのだ。
本当の体となりえる、真の肉の器が。

その『彼』が目をつけたのが、巨大な戦力を保有する部隊。
『時空管理局本局 古代遺物管理部 機動六課』。
好都合なことに、そこには 『最も適合しえる器』 もその構成員の中に存在する。
あらゆる点において彼女らが『彼』に目をつけられるのは必然と言えた。

あるいは因縁。

そう、10年前のあの冬の日より始まる因果。
その因果に手繰り寄せられるように、全てが1点に集まり始める。
そして混ざり合う色は漆黒へと堕するのだ。


時間は数刻前に遡る。


一人の管理局員の少女が廊下を歩いている。
年の頃は十代後半といったところで、黒く長い髪が特徴的だったが、
どこか様子が変だった。

よく見ると、美しい髪はボサボサにほつれ、
本来ならばきっちりと着こなされているはずの制服は
まるで淫猥な行為に及んだ後のように着崩れしていた。
目は焦点が定まらず、どこを見ているのか分からない。


ただ、彼女の周りには何かがまとわりついている。
ウゾ…、ウゾ……と、
どす黒く、蠢くように、ソレは彼女にまとわりつく。
そして…
彼女の首がガクンッと上を向くと口がパックリと開き…
そこから、その『黒い何か』は急激に進入を開始した。


「あぇぇ…、あぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおっぉぉっっっ!!!」

ギュォォォッォォォォォォォォォォォォォォォォォォッォォッォッッッ

奇妙な音を立てて、ソレは喉を通り、体に収まっていく。
目が白目をむき、体がビクンッ!ビクンッ!と痙攣した。
…しばらく、その光景が続くと、彼女はガクンッと首をうな垂れた。
しかし…

『ウフ、ウフフフ…』

しばらくすると少女の様子が変わっていく。
瞳は赤く爛々と輝き、たれ目がちの瞳は邪な意思を湛えつり上がり…
口元は、あたかもルージュをつけているかのように
鈍く反射するようにしっとりと濡れる。

控えめな胸元は誘うような巨乳に豊胸され、
豊満で揉みしだきたくなるような形へと変化。
内股からはツゥゥーと愛液がこぼれ落ち…
はだけた制服とも相まって、全てが淫らで妖しい雰囲気に昇華された。

それに合わせるかのように、先程までの何かに操られたかのような、
魂の宿らない歩き方とはうって変わり…
自信に満ちた、まるで全ての存在の主は自分だと言わんばかりの
跳ねるような傲慢な歩き方に変わっていた。


それは…、あたかも別の存在に生まれ変わったかのように。
少女に宿る雰囲気は全てが一変していた。
そして彼女の唇から、男女の声が交じり合う奇妙な声帯で言葉が紡がれる。


『…ふむ、この女の体、悪くはない。
 だが動くためには、男の体の方が都合がいい。
 それも高い身分のほうが 『誘き寄せる』 には好都合だろう』


彼女は一つの部屋へと向かっていく。
そこは 『本来の彼女』 にとっての上司がいる部屋だった。




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