■6
『(やっぱり、このロストロギアは使えますわよ、ドクター。
それも、この上なく)』
クアットロは思い返していた。
このロストロギアは『千変の指輪』。
その者の最も触れられたくない疵に触れることで心を揺さぶり、
揺れた心を闇で染め上げる。
だが、元より奸悪に満ちた彼女の心が動じることはない。
それどころか自分はこの指輪の力を引き出し、相手に触れる事で
その者の価値観を塗り替え、従わせることすらできた。
この指輪を見つけた時、彼女は狂喜した。好きなように人を支配し操れる。
心が躍った。だが、彼女の主はその指輪の破棄を命じた。
(―――完璧すぎる)
彼は、そう言ったのだった。
(ああ、確かにそれを使えば色々と楽ではあるかもしれないが、しかしつまらない。
不確実な要素が何一つないものなど、面白くない)
彼は学者だった。未知なるものに探究心を燃やす人だった。
そして、不完全を愛する人だった。
不完全なるがゆえに、研究のし甲斐があると。
だからこそ、ナンバーズの大半は統制の取れた完璧な兵士などではなく
ともすれば普通の少女達のようでもあり、
それ故に外の世界を知った者は己の道を歩むことが出来た。
(私がセッテやディード達の感情を薄めたのは、
そうして生まれた彼女達がどうなるか知りたかったからだ。
別に人形が欲しかったわけではない)
結局のところ、スカリエッティはその指輪に価値を認めなかった。
そして、そんな彼が施す洗脳は所詮研究の一環に過ぎず…
結果としてギンガ・ナカジマに施した処置はいとも容易く破られ、
クアットロが周到に仕込んだルーテシアへの精神操作も砂上の楼閣と化し
崩れ去ったのだった。
『…だから貴方は負けたんですよ、ドクター。
研究者は勝ち負けに拘らない。自分が満足できればそれでいいのだから。
でも、私は…』
クアットロはかけていた眼鏡を外し…
それを握りつぶした。
結っていた髪が解けて、ロングヘアーが乱れる。
『負け犬に甘んじるつもりはない。
あなたのようにはなりませんよ、ドクター』
既に彼女も、あの最下層の地獄の中で
己の道を見つけていたのだろう。
狂おしいまでの憎悪が、彼女をスカリエッティの絶対の信奉者から
狂気の復讐者へと変貌させたのだ。
そして、その頚木から開放された彼女が必要とするのは…
かつてのナンバーズの様な感情を持った役立たずな人形じゃない。
『そう、やるなら徹底的に!完膚なきまでに!!
二度と戻れないくらい真っ黒に染めなきゃ意味ないでしょう?
そこまで染めなければ、勝つ為の手駒としては使えないのだから』
絶対に揺らがない、自らと同じ邪悪な意志によって統一され…
不完全な要素など寸部も存在しない『完全なるシモベ』。
その存在を手に入れる為にも、この指輪が最適なのだ。
それなのに何故、廃棄など出来ようか?
この指輪の効果の素晴らしさ、それは…
目の前のシモベたる少女が証明してくれている。
しかし、まだだ。
彼女の言動の通り、完膚なきまでに染めるには、あと1歩が足りない。
最後の仕上げ必要だ。
『さぁて。それじゃぁ、やっちゃいましょうか…』 |