(魔法少女リリカルなのはStrikerS キャロ・ル・ルシエ)
SS原作 : バーランダー様


■5

闇は暗く、深い。

そこでキャロは奔流のように何かが送り込まれる感覚に、
もはや何も考えられなくなっていた。
次第にそれは心地よい気分へと変化していく。
妙に安らいだ、すべてを他人に委ねてしまったような不思議な安息感。

「(あ……あぁ……
  なんだか、とても深いところにいる…みたい……)」

「(でも…気持ちいい…
  気持ちよくて、ふわふわになる……)」



「(ふかくて……きもち、いい……きもち……ぃ……)」


その心のまま、キャロは闇に全てを委ねた。
心の赴くまま繰り返す破壊の愉悦。
人を騙し、陥れる謀略の愉悦。
邪悪な思想が少女の心に沁み渡っていく。

禍々しい思想が、キャロの心から正義を、平和を愛する心を奪い去る。
法の守護者としての価値観は完全にキャロから引き剥がされ、
代わりに邪悪な刷り込みが心に吸収されていく。


そして、少女の表情が変わり始める。

『………………』

キャロには似つかわしくない、妖しい笑みが口元に浮かぶ。

『(やっと、見つけた……)』

そして、ついに彼女は得た。
自分の居場所を。



やがて闇が薄れてくる。
細かい痙攣が止まり、荒い呼吸も収まりつつある。
ぴくりと指が動き、身体が力を取り戻し始めた。

「終わったかしら?」

クアットロが首を傾げる。
向けられた視線の先では闇が晴れ、少女の姿が現れた。

闇に侵食されたことを表すかのような黒光する皮手袋、ブーツ。
漆黒のマントに、眷属の証たるアメジストの紫水晶。
その表情は、少女に仕込まれた闇が胎動するのを示すかのように
虚ろな中にもどこか邪悪な雰囲気を湛えている。

…その目蓋がクアットロの姿を認めると、少女はゆっくりと笑みを浮かべた。

唇は少女が一度も浮かべたことがない妖艶で邪な半円を描き…
本来は垂れ目がちで、優しさと柔和さを象徴していた目元が妖しくつり上がる。

その瞳は邪悪な輝きが宿し、視線はまっすぐにただ一人を見つめる。
少女の主たる存在、クアットロだけを。

「ふふっ、どう?…」
『はい…クアットロ様……わたしは見つけました。本当のわたしを』

ゆっくりと、少女は言葉を紡ぐ。
それまでの自分を捨て去り、新たな自分に目覚める為に。

『わたしの名はプリマヴェーラ。常にクアットロ様の傍らにある者。
 クアットロ様の御役に立つ事がわたしのすべて……』


…こうして、かつてキャロと呼ばれていた少女は
文字通り生まれ変わった。
 

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