(魔法少女リリカルなのはStrikerS キャロ・ル・ルシエ)
SS原作 : バーランダー様


■4

『さぁ、これを御覧なさい』

クアットロの手には、暗く紫に輝く宝石の嵌められた指輪があった。
言葉につられてキャロの視線が指輪に向く。
次の瞬間、宝石が怪しい光を発した。
キャロの瞳から徐々に輝きが薄れていき、やがてその瞳は光を失い…
その顔からは表情の一切が消え失せていた。

『私の声が聞こえるかしら〜?』
「は…い……聞こえます…」


ぼそりと抑揚のない声が答える。
視線の焦点は合わず、口もぼんやりと開いたままだ。

『一つ聞くけど、あなたは何の為に戦うの?』
「それは…みんなのために…」


戦う理由……
次元犯罪者を止めなければ、次元世界は大混乱になるだろう。
家族が、友達が、みんなが悲しむのは嫌だ。
恩人であるフェイトの為にも、共に戦った仲間の為にもわたしは世界を守りたい。

『ふうん…でもそれは本当にあなたの望みなのかしら〜?』
「だって…わたしは…管理局員だから……」


私達が次元世界の平和を…わたしがみんなを守る…

『嘘でしょう?あなたはただ、一人になりたくなかっただけ。
 だから、フェイト・テスタロッサのようになりたいと思った』


確かにフェイトさんが管理局員で、執務官で、世界の為に、みんなの為に戦っていたから、
わたしもそうなりたいと思った。
みんながそれを正しいと言っていた。認めていた。フェイトさんは必要とされていた。
だから、わたしはフェイトさんのようになりたかった。


「(でも…それは、一人になりたくなかったから…?)」



クアットロの言葉を反芻するキャロの表情がかすかに揺れる。
一人。一人は嫌だ。
昔、わたしは一人だった。
強すぎる力は災いを呼ぶと言われ、故郷から追放された。
傍にはフリードがいた。
それでも、わたしは確かに一人だった。

『確かに彼女のような生き方をすれば、誰かから必要とされて
 一人にはならないのかもしれない。でも、本当にそうかしら?』

「誰かを助けて…世界を守って…そうすれば、きっと…」
『なら、あなたの一番傍にいる人は、あなたを必要としているのかしら〜?』

キャロの唇から、言葉が紡ぎだされることはなかった。


知っていた。


一番近しい赤髪の少年が求めているのは自分ではない。
それは金髪の執務官であり、決して自分ではなかった。

『あなたの一番傍にいる人が、あなたを必要としていないのに、
 誰があなたを必要とするのかしら?』


嘲笑う声に虚ろな表情のキャロの足が震える。
誰も自分を必要とはしないだろう。
そんな、そんなのは…

「い…いや……」

誰かに必要とされたい。
一人はもう嫌だ。
居場所が欲しい。
わたしの居場所が…。

「いや、そんなのはいや……わたしはもう、一人はいや…!」

その瞬間指輪から溢れ出た瘴気が、キャロの身体へまとわりつく。

「あ…あ…」

その瞬間、身体を反り返らせたキャロの眼が大きく見開かれる。

「あ、あっ…」

脳裏に映像が浮かぶ。
キャロの脳裏が映し出しているのはどこともわからない都市。
巨大な黒龍が暴れている。家屋が破壊され、人々が逃げ惑う。
平和な町並みが蹂躙されていく。ビルが音を立てて倒れ、人々を押し潰していく。
断末魔の悲鳴、人の焼ける臭いが空間に充満する。
その黒龍の傍らで、桃色の髪の少女が恍惚とした表情を浮かべていた。
それはキャロでありキャロではなく…
無残な光景を前に、楽しげに笑っている。

『見えるでしょう…あれがあなたよ…』

キャロの頭の中に声が響く。

「(あれはわたし…あれがわたし…?違う…)」

蹂躙。破壊。無残。絶望。
全てが赤黒く染められていく。
その光景を前にして少女は…

「(わらってる…)」

快感。悦楽。喜悦。恍惚。
街が蹂躙される様子を眺め、少女は笑う。
その姿は露出の多いボンデージスーツのようなバリアジャケット。
この惨劇を巻き起こした死神に相応しい姿だった。

「(わたしが…わらってる…
  いやらしい…すがたの…わたしが…)」


その傍らに一人の女性が舞い降りると、少女は歓喜を露わにする。
肩をすくめて、女性はよくやったでも言うように少女の頭を撫でる。
心底うれしそうに少女は微笑む。
眼下の惨状には眼をくれることもなく。

「(わたし…うれしそう…、しあわせそう……)」

女性に従うことで彼女は居場所を得る。
破壊を撒き散らせば女性を満足してくれる。
だから、少女は破壊を繰り返す。

「あれがわたし…?わたしなの…?」
『そう…私に従い、世界を壊し、思うがままに力を振るうあなたよ。
 まるで破壊の権化ね。でも、あなたの側にはいつも私がいるわ。
 あなたは一人じゃない』


一人ではないと。
クアットロはキャロを己と同じ道へといざなう。

「わたしは、一人じゃない…」

キャロの虚ろな目に、かすかな輝きが宿る。
クアットロは唇を歪めて笑う。

『そう。あなたは一人じゃない。あなたは私のシモベ。
 私に忠実で、私の為に戦い、私に可愛がられる存在』

「わたしは、クアットロのシモベ…。クアットロ…
…様…に…忠実で…
 
クアットロ様の為に…戦う…。クアットロ様に可愛がられる存在……

放心したまま囁かれたことを繰り返す。
その様は、まるで人形のようだ。
だが、キャロはたしかに憎むべき敵をクアットロ様と呼んだ。
少女の心は間違いなく侵されている。
いよいよその時が近づいて来たことを知ったクアットロは、待ちかねたように叫ぶ。

『さあ、今の言葉と共に受け入れてしまいなさい!その闇を!』
「は、あ…………」


ピクンと体が震える。
いつの間にか拘束は解かれていた。
濃密な闇がキャロを襲い、完全に全身を包み込む。
衣装が崩れる。デバイスであるケリュケイオンがコトリと音を立てて落ちた。
まとわりついた闇が、キャロの中へ浸透する。

「あ、あぁ…」

身体から力が抜け、脱力していく。
キャロは床に倒れ伏した。
固く結ばれた唇と目元、全身に玉となっている汗。
時々走る痙攣が彼女の意識下の葛藤を物語る。

「は…あっ……」

身体が異様な熱を持っている。がくがくと震える体を押さえ、きつく目を閉じる。
それでも何も変わらない。息も乱れていた。
闇が張り付いていく。すでに纏っていた服は跡形もなく消失している。
その代わりに闇よりも暗いオーラがキャロを包んでいた。
その様子をクアットロは冷笑と嘲笑と愉悦の入り混じった表情で見守っている。

「ああああああああああああ…」

意識がゆっくりと闇に沈んだ。

■ next scene ■