■6 KEN
「はあ、はあ、はあ…」
剣を振り下ろした瞬間に、少女が感じたものは全身を電流が走るような感覚。
胸は高鳴り、身体は火照り、ひどく熱い。
『わかったわね?お嬢様』
何がわかったというのだろうか。
ヒルデガードにわかるのは、身体がひどく熱い。
ただ、それだけ。
『あなたは、命を奪うことを楽しんでいるのよ』
「そんなこと、ありません。今だって、苦しくて身体が熱くて…」
『嘘』
何故、何の証拠があって断言できるのか。
「……違う、私は…決して楽しんでは……」
いない、と。
続けようとしたヒルデガードの耳に飛び込む言葉。
―――だってあなた、笑っているもの―――
まさか、と思う少女の持つ剣から血が滴り落ち、その銀の刀身が輝く。
磨き上げられたその剣はまるで鏡のように、ヒルデガードの表情を映した。
「え……?」
刀身に映る銀髪の少女。
その唇の端は…吊り上がっていた。
それはまさしく、笑みのカタチ―――
「そん、な…」
なら、剣を振り下ろした瞬間の、そして今も感じるこの熱さは。
快感、なのか。
「私、私は…」
剣を振り下ろし、肉と骨を断つその瞬間に、たしかに感じたその感覚。
それは間違いなく少女の内から湧き上がったもの。
『わかったわね?あなたは楽しんでいる』
もう、その言葉を否定することは出来ない。
自らの内から湧き上がったものなのだから。
『それこそが、本当のあなたなのよ』
レイアの哄笑に反論出来ず、ただヒルデガードは項垂れていた。
そして、再び部屋へと戻らされる。
部屋の様子は何一つ変わってはいないのに…自分は変わってしまった。
他者の命を奪うことに快感を覚えていた。
「私…は…」
もう、天界には戻れない。
父にも他の誰にも顔向けできない。
「(本当の私は、こんなにも残虐だった。
こんな私が、どうして…)」
「ひどい顔だな、ヒルデガード」
「デュ―ク…さん……!!」
魔王軍の指揮官の、その胸にヒルデガードは躊躇いもなく飛び込んだ。
「聞いて下さい!…私はひどい女です…平和を実現したいと言いながら…
本当は誰かを斬ることを楽しむような、そんな、ひどい……」
銀髪の少女は知らない。
自らの精神をそのように歪めたのはこの男であることを。
この男が、少女をそのように歪めた理由も。
『ひどい?何故ひどい?』
「…え?」
戸惑いの表情を浮かべるヒルデガードの指を包むように握り、
指輪の輝きを隠しながらデュ―クは続ける。
『強い者が弱い者を支配し、好きなように扱うのは当たり前だ』
「当たり…前…?」
「(そんなはずない…
でも、もし本当にその通りなら…)」
「私のしたことは…許されるのですか…?」
『あぁ。それに楽しかったのだろう?お前は、自分がしたことが』
思い出す。
斬った、その瞬間を。
あの今までに感じたことのない快感。
あれは確かに’楽しい’という感情―――
「はい…楽しかった、です…」
ぎこちなく、しかし確かに。ヒルデガードは微笑を浮かべる。
命を奪ったあの行為が楽しかったと。
それが自分の感情なのだと、完全に受け入れて。
『そう、それがお前だ。強者として君臨し、思うがままに振る舞う。
それに、お前はもっと強くなる方法がある』
「もっと、強く…ですか?」
『そうだ。そうすれば、お前が望む平和を得ることもできるだろう』
「平和…そう、私は世界が…平和であって欲しい…」
『平和を得ることなど容易い。俺の下で世界が一つでありさえすればいい』
「デュ―ク…さん…の下、世界が一つに…」
『俺には、それだけの力がある。俺が世界を一つに統一する』
「あぁ…、そうすれば…争いはなくなり…平和に…なる」
この瞬間、ヒルデガードはこの支配者たる存在の甘言によって、
心の中の大切なひとが別の者にすり替えられてしまったことにも気づかない。
「デューク…様…のもと、世界を統一、それが平和になる方法』
『そして、その為にはお前の力も必要だ』
『私の…力』
『お前には、その為の力がある』
『私には、その為の力がある…』
デュ―クの言葉は、弱肉強食の論理。
だがその言葉は…
話し合いによる調和を望んでいたはずのヒルデガードの心に浸透していく。
『……教えて下さい。どうすれば、その力を引き出せるのですか?』
縋るように。乞うように。
ヒルデガードはデュ―クに答えを求める。
心が完全に塗り替えられてしまったことを気づかぬままに…… |