(戦乙女ヴァルキリー2  ヒルデガード)
SS原作 : バーランダー様


■5 RAD

「そんな、止めさせて下さい!彼らは悪くありません!」
「あら、どうしてかしら?」
「彼らは戦いを避けたのです。何も悪くなどありません」
「違うわ。あいつらが逃げたのはね、ただ弱いからよ」
「弱い…?それが…
 それが理由だというのですか!?
 弱い者には、生きる資格が………」

「っ………………?」


喉元まで出かかった、次の言葉が出てこない。
弱い者には…?
弱い者には…
弱い者には……生きる資格…なんて…

『ないのよ。そうでしょう?お嬢様』
レイアがその言葉を口にしたその瞬間、ヒルデガードの嵌めた指輪が輝く。
―――キィィィィィィィン……
すると、まるで火が消えるように。
ふっ、と少女から表情が失われた。

「はい…レイアお姉様…」

焦点の定まらぬ瞳。
その様子を見て、レイアは唇を笑みの形へ歪めた。
ヒルデガードの嵌めたその指輪は、被暗示性を高める為のもの。
無垢な少女はそれゆえに、あまりにもたやすく人形へと堕ちた。
だが、それはレイアの主の望むところではない。
『さあ、教育の時間よ。まずは復習から。
 本で魔族について学んだことをここで繰り返しなさい』
『はい…魔族は、破壊と殺戮を好みます…それは楽しいから…
 とても楽しいことだからです…』
『力を持つこと…それを思うがままに振るうこと…それこそがすべて…』
『力を持たない者は…ただ死ぬだけ…』

レイアの言葉のまま、ヒルデガードは記憶したことを述べる。
『なら、あいつらはどう?』
『彼らは…』
感情の宿らない瞳が手枷足枷をはめられ者達を映す。
その瞳に、その者達を捕らえたまま…

『死ぬべきです。魔族であるのに…力を持たず、逃げようとした…』

―――死刑を宣告する言葉を口にした。
『そう、その通りよ。そこで…』
レイアは、腰の剣を引き抜く。
彼女の手に握られ、振るわれるはずのそれは。
『あなたが、やりなさい』
ヒルデガードの手に、委ねられた。
そして、引き出されて来る魔族。
『……はい…』
ヒルデガードは、その後ろに立つ。
眼前には魔族の喧騒。
かつて仲間であった者の最期を心待ちにする者の群れ。
彼らの前で無表情のまま、ヒルデガードは剣を振り下ろした。
『………』

ザシュゥゥッ!!


喧騒が爆発する。
その異様な熱気の中で、銀髪の少女に近寄る金髪の女。
『どうだったの?その手で初めて肉を断った感触は?』
その言葉に、少女が薄笑いを浮かべた。
『はい…とてもいい気分です…
 こんなに気持ちがいいなんて、知りませんでした…』

初めて命を奪ったその感触を、気持ちいいと言う。
それが返答だった。
刷り込まれた価値観。それは確実に少女に定着しかけている。
そして、答えを聞くと―――レイアはニヤニヤとした表情を浮かべた。
面白いことになる。その期待故に。
『理解したようね?なら少しだけ、眼を覚まさせてあげましょう』



瞬間―――少女の瞳が光を取り戻す。
人形は自我を取り戻し、己の行為を知る。
「………え?」
眼前には乗せるものを失った魔族の身体。
自分の手にあるのは赤く濡れた剣。
銀の髪の端も赤く染まっている。
その意味するものは…
「そん、な…」
剣が手から滑り落ちる。
わななく自らの腕もまた、血に濡れていた。

殺した。
私が、殺した。

「あ、あ、あ…」

何故。私は、私は。誰にも死んで欲しくないと。
そう願っていたはずなのに―――


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「あ…、あぁ……」

『見事な一振りでしたよ、お嬢様』
「レイアお姉様…あなたは、私に何を……?」
『何を?と言われてもねえ。これをやったのは、あなたですし』

そんな、と微かな呟きが漏れる。
無論レイアは気にも留めない。
『それに、お嬢様も気持ちいいと言いましたよ』
「私が…?そんなことを言うわけが…!」
『なら、確かめてみます?もう一度、同じことをして』

すぐにまた引き出されて来る別の魔族。
「……私に斬れというのですか?」
『気持ちいいと言ったことが嘘だと証明したいなら』

殺したこと。それを楽しんだことを否定したいなら、また殺せ。
斬らねば、楽しんだことを認めることになる。
それが嫌ならば殺せ。
銀髪の少女を追い詰める姦計。
それは確実にヒルデガードを追い詰める。

惑乱の極みにあるヒルデガードに、自らを制御することなど出来るはずもない。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……
自らの鼓動の音だけが耳に響き、暗闇に取り残されたような錯覚。
葛藤。葛藤。どうすれば、どうすれば……
斬れない、斬ってはならない、でも斬らないと、私は自分を証明できない…
元々ただ死ぬだけの者達、なら…

「う……うぅ……はぁ…はぁっ…うぁ…あ…あぁ……」
刹那の沈黙。そして……

「……………はっぁぁああっ!!」
!!
ザシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!


―――死んでよい者などいない。
そう言っていた少女は、自らの意思で…
剣を振り下ろした。

■ nxet ■