(戦乙女ヴァルキリー2  ヒルデガード)
SS原作 : バーランダー様


■3 THORN

まだ覚醒していない意識の彼方より、その声は聞こえた。
聞き覚えのあるような、ないような声。
誰の声だろうか。
閉じられていた瞼を開くと、そこにいたのはこの城の主だった。
「ふわぁ…デュ―クさん、私を起こしてくれたんですか?ありがとうございます」

「(いつのまにか私は眠ってしまったみたいですね。
  しかも起こしてもらうなんて、明日からは気を付けないと…)」


そのヒルデガードの言葉と、表情から容易に読み取れた内心に
デュ―クは呆気に捕られていた。
敵の城に囚われた状況で平然と熟睡していただけでも呆れていたが、
その上にこれだ。世間知らずもここまで来れば、いっそ豪胆と言うべきか。

「あの…それで、何かお話でも?」
その言葉にようやく目的を思い出す。
まったく。
俺は子供のお守りをしに来たのではない。

「ああ、そう、お話というやつだ。
 お前はたしか昨日この城に乗り込んできた時に言っていたな?
 戦いを止めたい、と」
「はい。私はこの戦いを止めたいのです。
 天界と魔界、争っても傷つくばかりで、地上の人間達も犠牲になっています。
 死んでよい者など、誰もいないのに」

そう、今のままでは誰も彼も傷つくだけ。
だから一刻も早く戦いを止めなければならない。
その想いから、悲壮な面持ちで答える。

すると、戻ってきた返答は意外なものだった。
「まあ、たしかに俺も考える。どうすれば戦いを終わらせられるか、と」
「本当ですか!?では、話し合いに応じて頂けるのですね?」
ヒルデガードの翠の瞳が明るく輝く。
天界で歯牙にもかけられなった私の言葉にわずかでも同意してくれた…
やはり、魔族にも戦いの犠牲を嫌う人はいた。
この人となら、きっと分かり合える。
もしかしたらレイアお姉様達は、こういう人だから従っているのかもしれない。

彼の言葉に希望を見出す少女の心理はまたも容易に顔色から読み取れ、
思わず漏れそうになる失笑をデュ―クは抑えていた。
彼は『戦いを止めたい』と言ったのではない。
『どうすれば戦いを終わらせられるか考えている』と言ったのだ。
それをヒルデガードは和平と解釈した。
そう解釈するだろうと思っていても、ここまで予想通りの反応をされると
詭弁を幾つも考えていた甲斐もない。

「だが、話し合うというからには、相手を理解することが重要だ。
 それはわかるな?」
「は…はい。そうですね」
「だがお前は、我らのことを全く知らない。そうだな?」
「そう…です」
しゅんとした様子で、ヒルデガードは俯いた。
偉そうに話し合いたいと言ったが、たしかに彼女は魔族のことを全く知らない。
「こいつをくれてやる」
放り投げられたのは、一冊の本。
突然の行為に慌てながらも受け取ったその本は、見た目より重く感じられた。
「あの…これは?」
「我らについて書かれたものだ。読んでおけ。話し合いはそれからだ」
「この本を…わかりました。読んでおきます」

「(こんな本を初めから用意していたのだから、この人は真剣に平和を想っている。
  なら私もその心遣いに答えないと)」


だが、本をめくったヒルデガードの手はすぐに止まった。
読めない。
少なくとも彼女の知る文字ではなかった。
「あの、ごめんなさい。文字が読めません…」
「あぁ、それは特殊な文字で書かれていてな。こいつがないと読めん」
「これは…指輪ですね?これでよいのですか?」
渡された指輪を指に通すと、たしかに文字は読み取れるようになっていた。
「ありがとうございます、デュ―クさん」
「礼などいらん。とにかくそれを読んでおけ」
「はい」

部屋から出てゆくデュ―クの後ろ姿を見送ると、
一人になった部屋ですぐにヒルデガードは机に向かい、本をめくり始めた。
「…かなり厚いですね、これ…時間がかかりそうです…」
でも、読まないと話し合いに進まない。
真剣に、しっかりと読んで理解しよう。
健気に決意する少女は知らない。
これが、終わりの始まりであり、すべての始まりとなることを。

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