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「それで、どうするのかな?君は」
茶を啜りながら尋ねる半神半魔の食わせ者を前に、デュ―クはしばし言葉を控えた。
なにしろ、うかつなことはいえない相手である。
「まぁ、殺しはしないさ」
「ふうん、そう…」
皮肉げに口元を歪めたまま、ロキは思いついたように言葉を投げる。
「なら、僕に預ける気はないかい?
籠の中で育った小鳥に、色々と教えてあげてみたくてね」
籠の中で育った小鳥、か。その通りだな。
大神の娘、ヒルデガード。
何不自由なく育ったのだろう。
侵入して来た彼女が放ったのは剣の一振りではなく、平和を求める言葉だった。
世間知らずの小娘。だが、オーディンの娘でもある。
「それはできんな。あの娘については俺に考えがある」
そう、ロキの玩具とするより、遥かに自分の役に立つ方法がある。
それを教えたのは目の前のこの女だ。
「おまえの勝手は許さん。しばらく見物していろ」
「なら、そうせてもらうよ」
肩を竦め、あっさりとロキは手を引いた。
ヒルデガードに並々ならぬ興味があっても、
この男から奪ってまでモノにするつもりはなかった。
そのまま席を立ち、デュ―クは去ってゆく。
その後ろ姿を見つめ、ロキは思った。
「考えがある、か。
…どうやら、レイアだけでは物足りないようだね。
これは暗黒の戦乙女(ブラックヴァルキリ―)について教えたのは誤りだったかな」
首尾よくいけば、デュ―クは自身に忠実な戦乙女を二人手に入れることになる。
そうなれば、天界にも魔界にも彼に敵する者はいなくなる。
オーディンに追い出された自らの一族の地上での復権を目論んでいたロキにとって、
そこまで強力な勢力が出現し、天界も魔界も手に入れるようなことになれば…
目論見は大きく崩れることになる。
「だとすれば、今のうちに先手を打ちデュ―クを排するべきかもしれないが…
まぁ、いい。そうなればそうなったで、やりようはある。それに、あぁ…」
「本当、興奮したなあ…」
天界の戦乙女として清廉であったレイアをロキは知っていた。
そのレイアが魔族であるデュ―クの命令に嬉々と従い、
かつての仲間を攻撃する姿を見て、ロキはこの上ない興奮を覚えていた。
清廉な戦乙女が堕落した存在、暗黒の戦乙女(ブラックヴァルキリー)。
光の加護を失い、魔界に堕ちた戦乙女。
伝承に過ぎないとされたそれを知り、教えたのは自分で現出させたのはデュ―ク。
そのあり方、その変貌振り、とても素晴らしかった。
ならば彼女はどうだろう。
大神オーディンの娘ヒルデガード。
堕ちた彼女は、どのような変貌ぶりを見せてくれるだろうか。
「本当に楽しみだ…」
デュ―クは無論、ロキの期待など知る由もない。
だが、ロキの予測はデュ―クの目論見に限りなく近かった。
魔族の血を半分しか持たない彼にとって、魔界は安寧の地ではない。
暗黒騎士団長として、彼自身の為に天界との戦いで勝ち、
己の価値を証明せねばならない。
天界に勝てば、彼の立場は魔界の重鎮として揺るぎないものとなるだろう。
しかしそれは同時に、粛清や失脚の危険を大きくすることを意味する。
そうなった時どれほどの部下が自分に従うか、決して楽観してはいない。
デュ―クには自らを絶対に裏切らない者が必要だった。
―――暗黒の戦乙女(ブラックヴァルキリー)。
それは、デュ―クが求める全てを備えていた。
暗黒の戦乙女と化したレイアが振るった剣腕は、一切の迷いを排したからか、
あるいはそれこそが堕ちた代償であるのか、かつて数多の魔族の屍を築いた剣腕から
更に上、遥かな高みにあった。
そして、レイアは絶対にデュ―クを裏切らない。
絶対の忠誠心。無双の剣腕。それに…どこまでも女だった。
暗黒の戦乙女は、この全てを有していた。
そして今、この城にはまた暗黒の戦乙女となりうる者がいる。
ましてヒルデガードは大神オーディンの娘。
使い道には困らない。 |