(戦乙女ヴァルキリー2  ヒルデガード)
SS原作 : バーランダー様


■1 FEOH

天界の神々達と、彼らに追いやられた魔王率いる軍勢が、
人間の住む地上世界ミッドガルドの覇権を争う戦争を始めて久しい。
戦いの趨勢は戦乙女(ヴァルキリ―)達の活躍により天界の優勢の内に推移していた。
だが一人の魔族の出現がそれを崩した。
彼が戦乙女達を虜としたことにより、魔王軍は勢いを増しつつある。
そして、今また戦乙女が一人、彼の城で捕らわれる。
その戦乙女は天界の大神オーディンの娘。
心優しき大地の戦乙女、ヒルデガード。


よく手入れされた美しい銀の髪が揺れる。
魔族の巣窟たる城内の一室で、ヒルデガードは溜め息をついた。
彼女への監視は厳重を極めている。
その手に剣はなく、身を覆うエメラルドの鎧のみが残されていた。
それでも戦乙女の力の源たる指輪があればどうとでもなるが、
今の彼女の指には何も填められてはいない。
この城に侵入した際に奪われていた。
彼女が誰よりも尊敬し、憧れた戦乙女その人に。


「(あのレイアお姉様が私を斬ろうとした…
 レイアお姉様……あなたは本当に、私達の敵になるおつもりなのですか…?)」


信じたくはない。
それでも彼女ははっきりと自分に刃を向けたのだ。
父から与えられた絶対守護の守り具であるオーディンの瞳がなければ、
間違いなく斬られていた。
それほどの斬撃で、そこには情愛や親愛など一片も存在していなかった。

かつて向けてくれた微笑みも、優しい言葉も、すべて偽りだった…?

そんなはずはなかった。
間違いなくレイアは天界でも有数の勇士にして慈愛に満ち、
民の為に尽くす清廉な戦乙女だった。
その彼女が何故魔族の味方をするのだろう…


『すべてはご主人様のため。そのためなら、ヒルダお嬢様でも容赦はしないわ』

「(確か、レイアお姉様はそう言っていた…)」
あの時は敵意に圧倒されて気付かなかったが、戦乙女が主と呼ぶとしたら
それは父オーディン以外にありえない。
戦乙女が忠誠を誓うのは、この世でただ一人、父のみ。

そう、そのはずだった…

今まではそうだった。
だがあの時レイアが呼んだのは、父ではなく魔族の…
暗黒騎士団の長デューク。
天界でも彼の名は轟いている。
幾人も戦乙女を捕らえた男だからだ。
そして彼はその戦乙女達を自分の女にしているという。
所詮はただの噂だと思っていた。
捕えられた者は誰もが戦乙女に相応しい高潔な魂を持っている。
あの彼女達が魔族に屈するはずがないと。
その信頼もレイアに容赦なく斬りつけられ崩れ去った。
今彼女が忠誠を捧げているのは誰なのか―――
あの光景が余りにも雄弁に物語っていた。


そこまで考え、ヒルデガードは首を振った。
「(悪い方向へばかり考えていては、何も進みません…)」

オーディンの瞳も戦乙女の指輪も奪われた今の自分には、何の力もない。
だが元々自分が人質になることで、囚われた戦乙女を開放してもらう。
そのつもりでここまで来た。
残念ながら、その目的は果たせなかったものの諦めるにはまだ早い。
いつか元の清廉さをレイアが取り戻すかもしれない。
デュークと話し合い、分かり合えるかもしれない。


「(…それがどれほど小さな可能性であっても、私は信じます。
  世界に、失われてもよい命なんて、ないのだから。
  例え、今は私の言葉が誰にも届かなくとも…
  いつかきっと、誰かに届くはずだから)」


天界でただ一人魔族との戦いを話し合いで解決できないかと考えていた戦乙女。
魔族は勿論、天界の者ですら抱かないそんな夢想をヒルデガードだけは信じていた。
それこそ彼女が世間知らずの少女である証拠に他ならなかったが、
その平和を願う想いは…、ただひたすらに純粋だった。

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