(聖剣伝説3 シャルロット)


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『シャルロット…、光の司祭の孫娘よ』
「だれでちか?」

『ワシの名はベルガー。お前達が仮面の道士と呼ぶものだ』


その声は穏やかで静かに響く。おじいちゃんに似てるとシャルロットは思った。

『お前に問おう。何故お前は生きるのだ?』

「それは…」

『答えられまい。何故なら生きることに理由など無いからだ』

「そんなコトない!!
 おじいちゃんは「ひとをいつくしむこと」がいきることっていってたよ?」


『そして、人は愛し合い世界を育んで行く。奴はお前にそう教えたのだろう?』

「なんで、それを?」

『当然だ。ワシとて昔はウェンデルの司祭だったのだ。
 そしてお前の祖父とは親友だった。奴の口癖なら今でも憶えておる』

「ならなんで、こんなひどいことをするの?
 おじいちゃんのおともだちだったんでしょう?」


『ワシは酷いことなどしておらん。
 むしろその逆で世界を救いたいと思っておるのだ』

「せかいをすくう?」


『そうだ。だからこそ、ヒースもワシの考えに賛同し協力してくれているのだ』

「うそ!!おまえはそうやってヒースだけじゃなく、
 シャルロットもだますきなんでちね!?」


『騙すとは人聞きの悪い。ワシは仮にも聖職者。嘘はつかん。
 シャルロットよ、ワシはお前にも協力して欲しいのだ』

「きょうりょく?」


『世界を救う為には、全ての存在を『死』で救済せねばならぬ。
 人は生きる限り苦しみを味わう。ワシにはそれが我慢ならぬのだ』


確かにそれは一理あるかも知れない。でも…

「たしかにくるしみはあるよ。
 でもたのしいこと、うれしいことだってたくさんあるんだよ?
 しんじゃったら、ぜんぶなくなっちゃうんだよ?」


少女の瞳には大粒の涙。
普段は明るいムードメーカー。
でも、その心の奥には光に包まれた慈愛の心が備わっている。
その優しさが少女に涙を流させるのだ。

『ならば今一度問おう。
 お前の両親は何故死んだのだ?』

「!?」


『ワシは知っておるぞ。お前の両親は人とエルフ。
 種族の違いで愛し合えないことを悲観して、禁断の呪法に手を出したのだったな。
 そして、それが原因で寿命が縮み早世した…』

「それはおたがいをたいせつにおもいあっていたから!!
 それにふたりはしぬまでしあわせそうだったって…ようせいおうのおじいちゃんが…」


『おぉぉ、可哀そうに…。シャルロット、お前は騙されているのだ』

「だまされてる?」

『それは幸せなどではない。生を育む愛が生み出した「悲劇」なのだ』

「そ、そんなこと…」

『それだけでは有るまい。その後、お前はどうなった?』

「シャルロットは、そのあとおじいちゃんにひきとられて…」

『そうだったな。だが、両親のいなかったお前はずっと寂しかったのではないか?』

「!!」


そうだ。ずっと寂しかったんだ…
頑なな心が、核心をつかれ震えた。
その瞬間、今まで我慢してきた想いと過去が堰を切ったように決壊する。

唯一の肉親である祖父はウェンデルの光の司祭。
仕事が忙しくてシャルロットが遊んで欲しい時も、
寂しくて一人で部屋で泣いた時もそばに居てはくれなかった。
その寂しさを紛らわす為に、明るく楽しい子でいようと振舞い気を引こうとした。
おしゃべりな饒舌も、そうやって身につけたものだった。
でも心の中ではいつも思っていたのだ。

さびしい…。シャルロット、さびしいよ…。きづいて、ここにいるの、きづいて…
たすけて、さびしいよぉ……、シャルロットをたすけて!!!

邪悪なオーラに呼応するように…
少女の澄んだ青い瞳から輝きが失われ、表情は虚ろなものに変化していく。
それでも語りかける穏やかな声。

『だが誰が悪い訳でもない。その全ては生きる事によって発生した悲劇なのだ』

「いきること…、はっせいした…ひげき」

『そうだ。お前の両親が死んだのも、
 お前が寂しさに泣いたのも全てが『生の苦しみ』なのだ』

「パパ、ママ…。それに…ずっとさびしかったのも…」

『だがシャルロット、
 お前ならそんな生の苦しみから全ての者を開放することが出来るのだ』

「シャルロットが…みんなを…すくう…」

少女の瞳が赤色に変化し始める。
虚ろな表情を浮かべ、抑揚の無い声で仮面の道士の言葉を反復して紡ぎ始める。

『全ての生者に救済を』
「すべての…せいじゃに…きゅうさいを…」

『生ある者に死の安らぎを』
「せいあるものに…しの…やすらぎを…」

『受け入れよ、死の福音を』
「うけいれよ、しのふくいんを」


『受け入れよ、死の快楽を』
「うけいれよ、しのかいらくを」


その瞬間、体が急激に快楽に包まれて全身が絶頂を連続で迎える。
シャルロットがもしセックスを経験したことがあったのならば、
それを極上にしたような感覚だと思ったことだろう。
細胞の一つ一つが停止して、別の存在に書き換えられているのが分かる。

「ふぁぁぁ!んん…これ、すごいぃ…』

闇が纏わりつき、シャルロットの心と体を犯していく。
でも不快じゃない。むしろ、心地良い。
体の感覚が失われていくのに、心だけがゾクゾクと快楽に打ち震えるのだ。
デス・エクスタシー(死の快楽)と呼ばれる呪法が少女を…
死を司る聖女へと変えていく。

「こわいのに、こわいのにぃ…!だめぇ…、ふにゃぁぁ…、きもちいいよぉ…
 しんじゃう…、シャルロット、シャルロット……しんじゃぅ、らめぇぇぇぇぇ!!」


ビクン!!ビクン!!と体が跳ねていく。
そして少女の体は絶頂を迎えるたびに急成長する。
背が伸びて、手足も伸び、腰がくびれていく。
胸も成長して乳房がふくらみ、揉み心地の良さそうなサイズに変化していく。
年頃の女性の象徴的な様相に変化した部位はさらなる快楽を生んで、
少女をさらなる高みへと昇らせていく。そして…

「ふぁぁ…、あぁ…、もう…だめぇ……」


「ひぐぅっ…!!」

ビクッ!……


…少女の人間としての時間はそこで終わった。


程なくして…
存在を歪めらた少女は虚無の表情で、自らの絶対の主の呼びかけに答えた。

『さぁ、聖女よ。目覚めの時だ』
『はい…、仮面の道士…様…』





少女は静かに身を起こし立ち上がった。
幼かった容姿はそこになく、本来の年齢を思わせるそれに変わっていた。
膨らんだ乳房、くびれたウエスト、艶のあるヒップ、どれもが官能的な美しさをかもし出す。
だが面影は確実に残っており、あの少女が美しく成長すればこのようになるだろうという
理想的なプロポーションを形成している。

『私は『堕ちた聖女』。
 全てを死で救済する仮面の道士様の忠実なるシモベ…』


手を広げるようにして、そう呟き…、その表情に邪悪な笑みを浮かべる。
それは宵闇に濡れる邪悪なる聖女、闇のシモベそのもの。

『はぁぁ〜、あのがきんちょがこんなになるなんて驚きですネ!!
 ささ、このままではいけませんなぁ、こちらにおいでなさい。
 仮面の道士様に謁見するに相応しい姿に私がコーディネートしてあげまショ!』

『はい…』


虚ろな様相で頷くと少女は言われるままに死を喰らう男についていく。
施される化粧。
青色のアイシャドウをスッとさし、同じく青色の口紅が官能的な唇を彩る。
更には淫靡なフォルムの黒色の司祭服に身を包む。

全てを抵抗すること無く受け入れ、少女は『聖女』に変わっていく…

そして、主の間へとシモベは赴く。
そこに座す仮面の道士、新たなる主へと忠誠の洗礼を受けるために…

『堕ちた聖女よ。お前は死を操るネクロマンサーとなったのだ』
『はい、道士様。
 この手で生者を死へと救済できる喜びを与えてくださり、光栄でございます』


妖艶に微笑むシャルロット。口元の青いルージュが妖しく濡れる。
もう明るさの仮面など必要は無い。
あるのは死を操る快楽と主への絶対の忠誠心。
そこには死する者たちへの悲しみに大粒の涙を流した無垢な少女の姿は無く、
魂を冒涜することに快楽をおぼえる邪悪な信徒の姿があった。

『では、お前の祖父である光の司祭の教えをどう説く?』
『祖父の考えは生あるものに苦しみを強要する愚かな考え方。
 道士様のお考えこそが真の魂の救済であると存じております』


その答えに満足したように頷く仮面の道士。

『そうか。だが我らは慈悲深くあらねばならぬ。
 間違った教えを説く者にも等しく救済の手を差し伸べねばならぬ。分かるな?』

『はい、道士様。この私に愚かなる祖父を救済する機会をお与え下さい』
『良かろう、では堕ちた聖女よ。お前の初の仕事は光の司祭の救済だ』
『お任せ下さい、道士様。全ては死の御心のままに…』


そういうと残酷な笑みを浮かべ聖女は転移魔法陣を形成し、転移を開始する。
その様子を眺めながら仮面の道士は優越感に浸った。
『ふふっ、光の司祭よ。貴様の孫娘は完全にワシのものになったぞ…
 そして貴様は最愛の孫によって命を絶たれるのだ。これほど愉快なことは無い。
 これで長年に亘るこの顔の疼きも少しは癒えるというものよ』





聖都ウェンデル。光の神殿。
そこは静寂に包まれ、息をしている者はごく僅かとなっていた。
世界の宗教の中心地である光の神殿。
そこに勤めている神官たちは決して弱い訳ではない。
むしろ世界最強の軍事国家フォルセナや
魔道王国アルテナに匹敵するほどの戦力を所持している。
だが、彼らはなす術も無く死へと誘われていた。
そう、たった一人の侵入者によって。

死した者たちは生ける屍となり、他者を襲う。
襲われ命を落とした者もまた生ける屍となる。
数は鼠算のように増え、死者の軍勢は統率の取れた軍隊のような様相を呈しつつ
光の神殿を占拠したのである。

その死者の軍勢を束ねるのは、このウェンデルで育った光の司祭の孫娘。
かつてシャルロットと呼ばれていた少女である。
仮面の道士の見立ては正しかった。
闇に転じネクロマンサーとなった少女の能力は一級品であり、
国ひとつ滅ぼすなど造作も無いことをこの初陣の結果が証明してくれていた。
もし、少女が闇に堕ちず仮面の道士を討つ側であったならば、
世界はかつての光を取り戻していたことだろう。

「司祭様!!お逃げ下さい!!」
「しかし、ワシだけが逃げる訳にはいかん」
「御病気とは言え司祭様さえ生き残れば、世界に希望が残されます!!
 今だ司祭様を心の拠り所としている者たちが大勢いるのですぞ!!」

「しかし…!!何故、何故こんなことになってしまったのじゃ…」



『それはおじいちゃんの考え方が間違ってるからだよ』


その声が聞こえた途端、逃亡を進めていた側近神官が崩れるように倒れた。
すでに息はしていない。

「お前は…シャルロット!?本当にシャルロットなのか?」
『フフッ、今の私は仮面の道士様にお仕えする『堕ちた聖女』。
 その名前はもう捨てたわ』


さも可笑しいと言わんばかりに笑い出す。
その笑顔が一瞬だけあのシャルロットと重なった。
しかし、すぐに闇色を含んだ邪な笑みに隠れてしまう。

「シャルロット……、闇に堕ちてしまったのか」
『闇の力は最高よ!光に拘るなんて愚か者のすることだわ』


恍惚の表情を浮かべて語る少女。
それは闇の呪法に酔いしれる妖艶で邪悪なる存在そのものである。

「もう手遅れなのか?ならば、せめてワシの手で…」
『無理だよ』


透き通る声で断言する。
その瞬間、無数の冷ややかな亡者の手が光の司祭に絡みつき、
体をがっちりと拘束する。
無詠唱による悪霊の召還。亡者は少女の手足のように忠実に使役されている。
成り立てのネクロマンサーには到底出来ない芸当。
このことからも少女が、この分野にとてつもない才能を持っていることを証明していた。

「シャルロット…」
『それにね、私はおじいちゃんを助けに来たの』
「ワシを助ける?どういうことじゃ?」
『おじいちゃん、ご病気で苦しかったんだよね。
 私、旅の途中でいつもおじいちゃんのことを心配してんだよ…』


先程までとは違う温かく優しい表情だった。
あぁ、シャルロットは…、完全に闇には堕ちていない。
今ならまだ引き返せる。光の司祭はそう思った。だが…

『だから助けてあげる。今、楽にしてあげるね』
「!?」
『ブラックカース』
「シャルロット?グゥッ……」

その瞬間、目の前が暗転して体の力が抜けていく。
全身の感覚が無くなり、まどろむような眠気が全体を包む。
悪くない感覚だった。

最後に見えたのは最愛の孫の顔。
その瞳に煌くものがあったように見えたのは気のせいだろうか。
確かにこれは、救済なのかもしれない。
願わくば、闇に染まった哀れな孫がこれ以上心を痛めないように…
それが祖父の最後の願いであった。



古の都ペダンに記されたレリーフの予言。
それは確実に現実のモノとなりつつある。
広がり続ける死者の国。世界は確実に静寂に包まれていく。
そこに争いは無い。悲しみも苦しみも無い。

堕ちた聖女の導く世界。そこは確かに安らぎの世界なのかもしれない…


BAD END…